「ライフ2 すべては君の未来」(以下、「ライフ2」)は、新型コロナウイルスが猛威をふるった2020年に熊本市現代美術館で開催した「ライフ 生きることは、表現すること」(以下、「ライフ」)の続編となる展覧会だ。「ライフ」展では、臨時休館による会期短縮のなかで、障害や加齢、そこから生まれる困難さと向き合い、日々制作を続ける、現代アーティストからロボット研究者、そして、それを支える人までを含めて紹介した。その表現を通して「弱さ」のなかにある、私たちが大切にすべき価値観について問いかけるものであった。あれから4年を経て、私たちは、地震や災害、感染症が頻発する時代に生き、世の中はさらに答えのない、予測不能な時代に向かっている。そういった状況のなかで生まれる、孤独や不安、分断や矛盾に対して、美術館には一体何ができるのか。続編「ライフ2」を企画・実施した意図やオープン後の気づきについて、この場を借りて報告したい。
「ライフ2 すべては君の未来」チラシ
孤独の解消
「ライフ2」には10組のアーティストや写真家、ロボット開発者などが参加している。今回の美術館としての挑戦のひとつは、吉藤オリィの開発した分身ロボットOriHimeを通して、外出困難な人が展覧会場内のスタッフとして働く機会を実現することだ。OriHimeは、カメラやマイク、スピーカーが搭載され、外出困難な人であっても、まるでそこにいるかのようにコミュニケーションすることができるロボットである。吉藤は、小学5年~中学3年まで不登校を経験したが、高校時代に電動車椅子の新機構を開発し、その後、さまざまな障害をもつ人々との出会いを通して、「孤独の解消」をテーマに研究を始め、現在、東京・日本橋でOriHimeが接客を行なう「分身ロボットカフェDAWN ver.β」の運営なども行なっている。
本展では、主に土日祝の13~16時に8名のパイロットが、1時間ごとにシフト制で勤務している。パイロットは秋田や沖縄など全国各地に居住し、何らかの疾患がある当事者もいれば、ケアが必要な家族がいるため外出が難しいなど、ひと口に外出困難と言ってもさまざまな背景がある。来場者とOriHimeパイロットのコミュニケーションでは、マイクを通した音声と、ロボットの顔や手の動き、iPadに提示されたプロフィールが手がかりとなる。一見、非常に頼りなく、限定的な情報であるようにも感じるが、世間話のようなコミュニケーションを続けていくと、その遠く離れて、なおかつ初めて会話したばかりの人の存在感が、不思議と立ち上がってくるような感覚になる。なかには、長く話し込んでいる来館者の姿もある。
吉藤オリィ《分身ロボットOriHime》(「ライフ2」展示風景より)
異なりをもちながら響き合う
もうひとつの挑戦は、アール・ブリュット作家の公開制作、動画制作、ショップでの販売への取り組みだ。本展の公開制作においては、作品がどういう素材や手順で制作されているか、また周囲の人たちがどうさりげなく支えているか、その場を見てもらうことで、それぞれの作家がもつ特性への理解が進み、作り手へのリスペクトが生まれる。また動画制作もスマートフォンやアプリの普及によって、定番の手法になりつつある。そして、ショップでの販売は、作り手としての真剣勝負の場であり、クオリティはもちろん、価格設定や売れ筋を考えること、そして何より本人やそれを支える家族や施設スタッフのアイデアや知恵や工夫によって作家自らが収入を得られることは、大きな喜びになる。
最近、ギャラリートークや団体案内などをしていて如実に感じるのは、多くの方にとってアール・ブリュットという言葉が聞きなれない外来語ではなく、意味がわかる言葉として浸透しつつあるということだ。熊本では当館で「アール・ブリュット・ジャポネ」展(2013)を開催した翌年に、県下のアール・ブリュット作家を発掘し、その制作を支援する「アール・ブリュット パートナーズ熊本」が誕生したが、その活動も今年で10周年を迎え、地道な活動が現在も続いている。地域のなかにそういった特性をもっていたり、それらと向き合いながら表現活動をしている人がいて、それに対してごく自然なこととしての共感や理解を示すことのできる社会に一歩近づいていることに希望を感じる。
内野貴信《花》ほか100点を展示(「ライフ2」展示風景より)
また、本展は写真家の齋藤陽道も参加している。齋藤は先天性の感音性難聴をもって生まれ、発音指導などを受けながら一般の小中学校に通っていたが、周りのコミュニケーションについていけない孤独な日々を送っていた。その後、進学した石神井ろう学校で手話に出会って以降、手話のもつ世界の豊かさと奥深さに魅了され、「ろう者」として生きていくことを決め、写真家として活動を始めた。
本展で展示する齋藤の写真シリーズ「感動」は、LGBTQの当事者や障害をもつ人、またそうでない人の姿、生き物や自然の風景などが、互いにどこかで通じ合い、そして異なりをもちながら響き合う、この世界のありようを示すかのようだ。本展のメインビジュアルでもある《星の情景》では、眠る自身の子どもの上で、朝の光に照らされて埃がキラキラと舞う瞬間を捉えている。本作を見るたび、この子どもたちが夢見る世界が輝き続けるために、私たちができることとは何だろうかと考えさせられる。
齋藤が展示に参加してくれたことは、聴覚に障害をもつ人の美術館へのアクセシビリティについて取り組むきっかけとなった。まず、聴覚障害者情報提供センターに聞き取りに行き、いろいろなアドバイスを受けて、筆談ボードを設置し、手話通訳付きのツアーや日本語字幕付きの映画上映などを計画し、聴覚に障害をもつ方に向けた情報提供を行なう。そのやり取りのなかで、手話通訳者の高齢化やスケジューリングの難しさ、そもそも美術館の存在を周知できていないなどの課題が見えてきた。ミュージアムにおける合理的配慮は課題のひとつだが、遅ればせながらそのささやかな一歩を踏み出し、ここから少しずつ継続していく予定だ。
左:齋藤陽道《星の情景》(2019)/右:同「感動」(2011)、ともに発色現像方式印画、東京都写真美術館蔵(「ライフ2」展示風景より)
すべての「君」の未来のために
そして何より美術館の一番の使命は、孤独や不自由さ、矛盾に満ちた状況に向き合いながらも、喜びや希望を忘れず、未来に向かって制作を続けてきた表現者の作品を紹介することにある。家族を養うため10代で日田の山で木こりとなり、83歳を過ぎてから絵筆をとり、99歳で亡くなるまで猛然と山里の風景を描き続けた東勝吉、性別違和をもつ人がつけた新しい名前を、一緒になって大きな声で世界に向かって叫ぶキュンチョメ、「虹をかけること」を仕事とする阿蘇在住のレインボー岡山らの作品に触れることで、あなたは孤独ではないこと、また、よりよい世界を作りたいと願う人たちがこんなにも世の中にいることに気づき、勇気づけられるだろう。
「ライフ」「ライフ2」という、二つの展覧会の企画を通して、実感することがある。本展に関わる作家の多くが、周囲の人との強い関係性があり、そこに他者が介在したり、関与する余地を残しながら作品を制作していることだ。そこでは互いのスキルや善意を持ち寄り、多くの人を巻き込むことで作品や展示が完成する。共に作る喜びを分かち合い、関わる側の人間の領域を豊かに広げていってくれるような面白さや醍醐味がある。すべての「君」の未来のために、私たちはこのことを力強く発信していきたい。
ライフ2 すべては君の未来:
分身ロボットからアール・ブリュット、現代の写真やアートまで、10組の表現者と描きだす希望
会期:2024年10月5日(土)〜12月8日(日)
会場:熊本市現代美術館(熊本県熊本市中央区上通町2-3)
公式サイト:https://www.camk.jp/exhibition/life2/