没後10年をへて再び注目を集めるデザイナー、アートディレクターの石岡瑛子。2023年から25年にかけて全国5館を巡回する「石岡瑛子 I(アイ)デザイン」は、石岡がデビューした1960年代からNYに拠点を移した80年代までの仕事を中心に、ポスターやCM、アートワーク、書籍など約500点のビジュアルを本人の名言とともに紹介することで、その創作の原動力となった「I=私」に迫ります。展示は2024年12月14日(土)より島根県立石見美術館で開催中。
会期に合わせて、当巡回展に関連した連載をartscape誌上で展開しています。展覧会が巡回する地域にゆかりのあるクリエイターに取材しながら、「いつの時代」も「どんな場所」でも輝きを失わないタイムレスな表現について考えるシリーズ企画です。
今回は島根県西部を中心に、デザインを通して地域活性化を行なっている益田工房代表の洪昌督さんと、同社デザイナーの桑原宏幸さんをゲストに迎えます。「石岡瑛子さんのマインドと共通する部分がある」と語るお二人が持つデザインのフィロソフィーについて、石見地方での活動から探っていきます。(artscape編集部)
益田工房のお二人。洪昌督氏(左)と桑原宏幸氏(右)
「デザインで街にインパクトを与えたい」
洪さんと桑原さんは、島根県益田市のご出身。高校卒業とともに、それぞれ東京と福岡での生活を経たのち、Uターンしてきました。もともと高校の同級生だったお二人は、どのような経緯でデザイン会社を始めたのかお話いただきます。
洪昌督(以下、洪)──もともと映画監督とかミュージシャンとか、何かを表現する仕事がしたくて東京に出たのですが、家業を継ぐことになり益田市に帰ってきました。でも、地元にいてもやはり「表現活動をしたい」という思いが強くて。家業と両立するかたちで表現にも携わりたいと思っていました。そんなときに、たまたま桑原と再会して、デザインの世界に興味を持ったのがきっかけです。
桑原宏幸(以下、桑原)──再会したのは、僕が福岡の学校に2年通ったのちに地元の益田市へ戻って印刷会社で働いていた頃でした。洪に対しては学生の頃から、センスや感覚が鋭い印象を持っていたんです。だから、一緒に仕事をしたら面白いだろうなと思って、すぐに意気投合しました。それに僕には「いつか地元でデザインを生業としたい」という夢もあったんです。でも当時はまだその土壌がほとんどなかった。
洪──その頃、僕たちはこんなふうに感じていました。島根県西部はまだデザインのカルチャーが浸透していないと。だから、僕の考えていることと桑原の技術を合わせたら、デザインで街に面白いインパクトを残せるんじゃないかって──当時はまだ若かったので、最初はそんな勢いで創業しました。
桑原──どのくらいクリエイティブ業が浸透していなかったかについて、わかりやすい例があります。島根はおおきく分けて東部と西部に別れています。どちらかというと出雲や松江がある東部のほうが、これまでデザインやクリエイティブ産業が活発だったんです。いっぽう、僕たちが西部で仕事を始めた当初は、なんと見積もりのなかに「デザイン料」の項目がありませんでした(笑)。デザインに相当する作業の費用は、「印刷費」に含まれていたんですね。僕らが15年前に益田工房を立ち上げるまで、たぶん益田市にデザイン会社は、ほとんどなかったように思います。だから、まずは「デザインとは何か」を理解してもらうところから始めていきました。
益田工房の制作物。[提供:益田工房]
「デザイン視点で街に貢献してきた15年」
2024年で15周年を迎えた益田工房。これまで地域にデザインカルチャーを根付かせるために、彼らはどのようなことを行なってきたのでしょうか。
洪──益田工房は、益田市を拠点として、主に島根県西部を中心に活動してきました。例えば、津和野、真砂、豊川など地域に入り込んで街のブランディングを行なったり、企業や個人商店のロゴやパッケージをデザインしたりしてきました。その実務にあたっては、打ち合わせでデザインの重要性をとにかく喋りたおして伝える、ということをずっとやっていきました。そうやって、一つひとつの仕事に懸命に取り組んでいくうちに、だんだんとデザインの意義もわかってもらえるようになりました。と同時に、デザインによって、地域が作られてきたと感じ始めたんです。
桑原──じつは最初の頃、僕自身はデザインで街おこしをしている感覚はあまりなかったんです。結果として、やってきたことが街づくりにつながってきたのかなって感じで。私の地元である島根県石見地方の観光用パンフレット「石見ドライバーズガイドマップ」は、石見をよく知る多くのクリエイターが関わり、石見の魅力を発信するためにそれぞれが良いパフォーマンスを発揮して作り上げた記憶に残る案件です。当時デザイナーとして、地元の魅力をどのように表現すれば伝わるのかを試行錯誤している際に、ふと「デザインのチカラで地元を周知する、これも街づくりの一環なのでは」と思ったのを覚えています。
石見ドライバーズガイドマップ。[提供:益田工房]
洪──僕たちには、現実の地域の有りようについて、「もっとこうあってほしい」とか「こういうふうにしたい」という思いやイメージが強くあった。それを具現化してクライアントに伝えるのが、益田工房の仕事だといまでは捉えています。イメージを創り上げて、僕たちのデザインが徐々に街に出ていくと、自分たちの暮らしている地域がちょっとずつ変わっていくんです。近頃では、デザインとクリエイティブの視点で街づくりをしてきたものが根付いてきた感じがあります。みんなはあまり気づいてないかもしれないけど、良くなっていると信じたい。
「場合によっては商流を遡る」
一つひとつの仕事に真摯に取り組み、デザインの重要性を伝えてきた益田工房。具体的には、クライアントとどのようにコミュニケーションを深め、デザイン文化を形成してきたのでしょうか。
洪──デザインをビジュアルに起こす前の段階から、すなわち発注や構想の段階から、どんどん企画に入り込んでいきました。都市部ではありえないかもしれませんが、場合によっては商流を遡るような働き方ですね(笑)。おおげさに表現すれば、「企業のロゴを作るためなら、経営コンサルタントもやります」というくらいの勢いです。もちろんコンサル費を請求することはなく、ボランタリーな活動も含まれます。というのも、地方の企業や事業が情報発信や広報にかけられる予算は限られているのは重々承知のうえだからです。そこは、地元を良くしたいという一心からやっています。
桑原──あまり偉そうに見えると本意ではないので補足しておくと、そうやってデザインしていくのが楽しいっていう面はおおきいです。プロジェクトの企画からフィニッシュワークまでクライアントに伴走するのは、純粋に楽しいです。僕は洪と仕事をするようになって「仕事ってこんなに楽しいんだ」と思うようになりましたね。
洪──例えば、商品のパッケージなら、まずはその商品についてクライアントと一緒に掘り下げていきます。たとえば何かしらプロダクトひとつとっても、本来はそのデザインには、企業のマインドがすべて詰まっているものだと思うんですよね。だからクライアント自身にも、パッケージや外装を発注する前に改めて商品の理解を深めてもらうんです。そして、その商品の良さを僕たちがデザインに落とし込んでいくという流れです。ときには、商品についてクライアントが迷っていることがあれば、「もうちょっと、こういうふうに作ったほうが良いかもしれませんね」とアドバイスすることもあります。やはり、せっかくなら自分たちが手掛ける外装のみならず、商品自体もいいものであってほしいと思うんです。
桑原──厄介な制作会社にならないようにしていく必要はありますけどね(笑)。やっぱり楽しいってい気持ちが根底にあります。これまで、デザインの文化があまりなかったところに、たまたま僕らが益田工房を立ち上げて。だからこそ、僕らのデザインの考え方や思考をそのまま街に落とし込んでいける楽しさはありますね。
「デザイン文化が定着するまで10年かかった」
桑原──このあいだ手掛けたアイスクリームのパッケージのデザインもやっていて面白かったね。
空と小さな屋根の農園、プレミアムアイスクリーム
洪──パッケージに小説が書いてあるアイスクリームです。東京からIターンで益田市にきた「空と小さな屋根の農園」っていうイチゴ農家さんと作家さんと僕たちで組んで作ったんです。これは取り組み自体がすごくユニークだし、遊び心もあって、仕事しながらすごく楽しかったですね。
桑原──先ほど島根の県西部と東部とのおおざっぱな違いについてお話ししましたね。東部には昔ながらの文化的な厚みがあるためその点にはリスペクトを感じつつ、今回のアイスクリームのような多少破天荒な企画、これは西部のおおらかさや自由度の高さあってこそだとも感じます。つまり、同じクライアントワークでも、それと向き合う姿勢が東部と西部では多少の違いがあるんです。だから、自分たちのスタイルは東部のデザイナーに羨ましがられるときもありますね。
洪──でも、西部エリアはまだまだこれからです──デザインが浸透してきたかなと感じられたのは、ここ数年のこと。たぶん僕らが始めてから、10年はかかっていると思います。自分たちの考えていることとか、社会に対する問題意識みたいなものをデザインとクリエイティブで表現したいと思ってここまでやってきました。たとえクライアントワークであったとしても、そこにどれだけ自分たちのエッセンスを注ぎ込めるかを考えてきたんです。そういう意味では、おこがましいかもしれないけれど、今回の展覧会で紹介されている石岡瑛子さんのクリエイティブの姿勢に、かなり親近感を憶えます。
「石岡瑛子マインドを生かして街をさらに活性化させたい」
「石岡瑛子 I デザイン」の島根県立石見美術館での開催をとても楽しみにしているというお二人。石岡瑛子のデザインやクリエイティブに対する考え方と、益田工房のそれとは、じつは共通している部分が多そうです。
洪──今回の島根での開催にあたって、石岡瑛子さんのお言葉を初めて拝見しました。僕がいつも意識してデザインに取り組んできたことがぴたりと言語化されていて、驚きました。例えば「流行は追わない」とか。アウトプットは「タイムレス」で「オリジナリティ」があって「レボリューショナリーであれ」とか。やっぱり、時間を超越して残るものを作りたいし、自分たちのオリジナリティを追求していきたい。そしてそれが地域にとって、あるいは世界にとっても革新的でありたいという思いでやってきました。
『石岡瑛子Iデザイン』(「石岡瑛子Iデザイン」展公式図録)、監修:石岡怜子・河尻亨一・永井裕明、朝日新聞出版、2023
桑原──でも、なかなか日本のデザイン業界はそうなってないなっていう気持ちは、ずっとありましたね。個別のデザインにかぎらずクリエイティブ全般がわりあい日本社会らしい空気の読み合いのなかで、マスに飲み込まれながら、そのなかで自分たちの生業を維持していくというか。そういう空気感が支配しているような感覚が、僕たちの若い頃からあったと思います。
洪──そこに対してずっとアンチテーゼを掲げながら、やってきたつもりではあります。商業デザインは、どうしてもクライアントの求めるものをただ作っていくことになりがちなので。それだと益田工房が存在する意味がないんじゃないかと思うんです。幸いにして僕たちはプロジェクトに企画段階から入ることもいまでは多くなっているので、魂を込めたものづくりをできている感じがします。
石岡瑛子 I デザイン
会場:島根県立石見美術館
会期:2024年12月14日(土)~2025年2月24日(月・振休)
開館時間:9:30~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日(2025年2月11日は開館)、12月28日(土)~2025年1月3日(金)、2025年2月12日(水)
公式サイト:https://www.grandtoit.jp/museum/ishioka_eiko_idesign_iwami