会期:2025/01/16〜2025/01/19
会場:アトリエ春風舎[東京都]
公式サイト:https://hatetocheek.com/

マイノリティの物語に心動かされ、涙したことはあるだろうか?
では、そのマイノリティのために、何か具体的なアクションを起こしたことは?

『きみはともだち』(作・演出:升味加耀)は「わかりあえないまま、それでも友達でいることの、尊く辛い“終わらなさ”を描く」作品だという。年が経ち周囲の環境が変化するにつれてかつて親しく過ごした友人とのあいだに価値観の相違が生まれ、あるいはもともとあったそれが顕わになる。そうしてある友人とは何となく疎遠になり、ある友人とはそれでも関係が続いていく。他人と価値観が完全に一致することなどないのだから、もとより友人関係というのはそういうものなのだろう。だが、価値観の相違を抱えつつ、それでもなお友達であり続けようとするとき、そのために必要な努力は誰にとっても同じものではない。たとえば、社会的困難に直面しているマイノリティがマジョリティに向けて「きみはともだち」という言葉を発するとき、しばしばその裏には血反吐を吐くような痛みが隠されている。

[撮影:月館森]

舞台は結婚式の二次会。と言ってもオフィシャルなものではなく、幼馴染の野澤(升味)と園(川村瑞樹)、園の恋人で会社の先輩でもある甲斐田(横手慎太郎)の3人だけの小ぢんまりとした集まりだ。式は野澤と園の高校の同級生・由海のものだったのだが、野澤が中抜けしたため、3人で飲み直すことになったらしい。飲みの場となったカラオケボックスは野澤と園の大学時代の友人・衛(松森モヘー)の実家で、衛はそこでアルバイトをしながら音楽活動を続けている。

冒頭、野澤は階上から声をかけてくる男にぶち切れながらカラオケボックスへの階段を降りてくる。中指を立て「お姉さんていうのやめてもらえます?」「あたし女でーすって自己紹介しました?(略)なめんなよマジで、どっか行けよなあ」などと捲し立てる野澤。なだめる衛が事情を聞くに、ナンパ目的の男にしつこく付きまとわれ、体を触られたりもしたらしい。ここにはすでに二重の意味で女としてまなざされることの苦痛が示されているが、続く近況報告めいた会話のなかにも野澤たちが社会のなかで直面させられているさらに無数の困難が見て取れる。

[撮影:月館森]

そもそも野澤が式を途中で抜けたのはパートナーであるノリちゃんが式の最中に吐いてしまったからなのだが、ノリちゃんが吐いてしまったのは、新婦の由海が「全ての恋人に幸せを」と野澤たちにブーケを手渡したからだ。由海の言動はまず間違いなく善意からのものだが、そう言われブーケを手渡された側がどのように感じるかという想像力には決定的に欠けている。人によって受け取り方は異なるにせよ、現在の日本において結婚という選択肢がすべての人に開かれたものではなく、それにもかかわらず異性愛と結婚を前提とした社会規範が社会を強固に支配していることを考えれば、由海の言動はマジョリティゆえの傲慢さを示す十分に無神経なものだと言えるだろう。しかもそれが式の主役である新婦の善意に基づいているのだから野澤たちに逃げ場はない。野澤たちからすればグロテスクとさえ言えるシチュエーションだ。

しかしブーケトスはひとつのきっかけに過ぎない。そもそもノリちゃんはそれ以前に、転職したばかりの職場で採用担当者に「女子トイレは使わないでくれ」と言われ、自殺未遂をしてしまうほどに精神的に不安定な状態に追い込まれていたのだった。

そのような一連の出来事を背景に、ノリちゃん不在の二次会の場で甲斐田は野澤にある相談を持ちかける。驚くべきことに、甲斐田の会社こそまさにノリちゃんの就職先であり、甲斐田はノリちゃんの上司候補だというのだ。園もそのことは聞かされていなかったらしい。あまりのことに絶句する野澤。これからどう対応するのがよいのだろうかと訊ねる甲斐田に、野澤はそれでも何とか答えようとするが、やがてやり過ごしてきた互いの価値観の違いが軋みを上げはじめる。

[撮影:月館森]

野澤と園は友人だが、園はノリちゃんのことを快く思っていない。野澤もそんな園の態度を察してか、衛には紹介しているノリちゃんを園には会わせておらず、話題にすることも避けているらしい。衛は野澤のよき理解者のようだが、それでも園の元カレで衛の友人でもある浩介が園に暴力を振るっていたことは共有されていない。野澤は浩介のことがあって以来、園と彼氏との関係のあり方に思うところがあるらしく、園と甲斐田の間には結婚や子供をもつことに関する考え方の違いがある。ノンバイナリーが、女性(と見なされる人)が、トランスジェンダーが、男性が、社会人が、あるいはそうとは見なされない人々が、それぞれに抱えるそれぞれの困難。

園の言うように「大変なのは皆同じ」、なのだろうか。だがその言葉を聞いた野澤は「それは、違うんじゃない」と反論する。自分たちは「園たちが、当たり前すぎて、そもそもほしいとか思わないような、当たり前の、生活」が、「最低限、普通とされてる人たち、が持っている権利が欲しい、だけ」なのだと。さらに野澤は「なんでノリちゃんや、私が、笑ってたのか、分かりますか?」と問う。それは「そうしないと、仲間に入れてもらえないって分かってるから」だ。

思いのたけをぶちまけた野澤は「分かんないよね、こんな風に話しても」とお開きを提案する。そうしてひとり部屋に残った野澤は部屋を片づけようとし、しかし途端に嘔吐してしまうのだった。人前で吐いてしまったノリちゃんの辛さは大袈裟だと非難され、ひとりきりで誰にも見られることなく吐くしかなかった野澤の辛さは誰にも知られることはない。

[撮影:月館森]

さて、一度は甲斐田とともにカラオケボックスを出て行ってしまった園は、しかしすぐにひとりで戻ってくる。なるほど、価値観の断絶を知ってなお寄り添い合おうとする二人の姿はたしかに「尊い」のかもしれない。だがそもそも、互いを大切な友人だと思っている野澤と園の関係であっても、園の性的マイノリティへの理解は、いやそれどころか野澤個人への理解ですらまったく十分ではない。園はクソみたいな言葉を投げかけてくる見知らぬ他人に中指を立てながら、一方でそれを「野澤はやんなくていい」と言う。野澤も「園がこういうことしてくれると、クソバカ減る気しません?」と応じはするのだが、野澤にも当然、ひとりで中指を立てなければならない場面もあれば、中指を立てることを堪えなければならない場面もあるはずだ。実際、「うちらってあんまり女って感じじゃなかったじゃん、中高」という園の無神経な発言に、野澤はナンパ男にしたように中指を立てて見せることはせず、ノリを合わせてただ会話をやり過ごすしかなかったではないか。

それでも二人は友達であり続けてきたし、あり続けようとする。カラオケボックスを出て行った直後に、園が野澤に対する「ごめんね」の気持ちを込めてLINEでギフトを送ってくるというエピソードは微笑ましくもあるだろう。だが、送られてきたギフトがBDS(Boycott, Divestment, and Sanctions[ボイコット、投資撤収、制裁]:イスラエルに対する、政治的・経済的圧力の形成と増強を目的とした運動)の対象とされているスターバックスのものだったという事実は二人の間の断絶をよりいっそう際立たせる。野澤がギフトを毎回期限切れにしてしまうのは使うつもりがないからなのだということを園は知らない。それを知らないでいられる園と寄り添うことは、野澤にとっては断絶と寄り添うことでもあるだろう。野澤はそれでも園が好きなのだ。だからこそ絶望はより深い。

[撮影:月館森]

[撮影:月館森]

最後に、衛の言葉を引用して終わろう。この作品で描かれていることは、もちろん友人関係だけに当てはまるものではない。

野澤は、今まで散々だれかっていうか、俺ら、俺らなんだけど、傷つけられたりして、それで、その傷を見せてくれてたんじゃん、そうでもしないと俺らがわかんないって思うから。(略)それで俺が泣くのってちがう、ちがうよね?(略)だって、わかってないんだよ、俺らは、ずっとわかってないのに、気持ちよく泣いてるじゃん。そんなの野澤はマジで一切許さなくていいんだよ。死ねって思っていいんだよ。全員地獄行きだと思っていいんだよ。

『きみはともだち』の当日パンフレットには、LGBTQもありのままで未来を選べる社会を目指す認定NPO法人ReBitと、10代から23歳までのLGBT(かもしれない人を含む)の居場所づくりを行なう一般社団法人にじーずの寄付金窓口へアクセスするためのQRコードが掲載されていた。両法人の活動と果てとチークの姿勢に敬意を表し、ここにもリンクを掲載させていただく。

果てとチークの次回公演は未定。『きみはともだち』の台本データは公式サイトから購入することができる。


観賞日:2025/01/17(金)


関連リンク

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一般社団法人にじーずへの寄付について:https://24zzz-lgbt.com/donation/
『きみはともだち』台本データ販売:https://hatetohope.stores.jp/items/6790a75f23b5d000bd1f03f6


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