公開日:2024/12/5
アーティスト:OGRE YOU ASSHOLE
監督:オオクボリュウ

オオクボリュウはカートゥーン調の絵柄を咀嚼しつつ、漫画や美術、映像全般をはじめとした幅広い影響を消化したミュージックビデオ(以下、MV)やイラストレーションの仕事によって、2010年代以降のカルチャーシーンで存在感を放ち続けている。PSG、D.A.N.、星野源、細野晴臣、Mndsgn、Benny Singsなどあげればきりがないが、国内外さまざまなミュージシャンとの仕事によってその存在を知った人も多いはずだ。

絵本やゲームなどそのアウトプットはますます多様化し、2022年に開催された6年振りの新作個展「Struggle In The Safe Place」(PARCEL、2022)では「シーケンシャルアート=連続性のある芸術表現」をテーマに掲げ、アーティストとしての地力を久しぶりに周知させることになった。同展の準備はクライアントワークより優先され、昨年も個展を開催するなど作家活動が一定の割合を占めるようになったオオクボであるが、その作風も初期のスタイリッシュなデザイン性から、具象と抽象を往還するようなイメージへと変化しつつある。そんな彼の直近のクライアントワークとして昨年12月に公開されたのが、OGRE YOU ASSHOLE(以下、OYA)「君よりも君らしい」のMVである。

同MVはそれぞれのシーンにおいて探求を深めてきたオオクボとOYAの関心が、期せずしてリンクした刺激的な作品となっている。OYAは05年に1stアルバムをリリースし、初期は同時代のUSインディに影響を受けながら、10年代以降はサイケデリック・ロックにモードチェンジし、バンドとして独自の実践を積み重ねてきた。「君よりも君らしい」は、OYAが昨年9月に発表したアルバム『自然とコンピューター』の先行配信シングルとしてリリースされた楽曲である。OYAは同作において、アナログ・シンセやモジュラー・シンセを積極的にフィーチャーすることによって、人間と機械が相互に浸透しあうサウンドスケープを実現している。

それにしても “君よりも君らしい” とはどういう事態なのだろうか。チャールズ・サンダース・パースの記号論に倣うならば、三つの場合分け──イコンのように対象と類似する場合、シンボルのように別の対象で代替する場合、インデックスのように痕跡によって連想される場合──が考えられるだろう。そこには二項間の比較があり、隔たりを前提としながらも、関連が認められている。「君よりも君らしい」は、このような “なにかとなにかの間” にフォーカスした楽曲であり、かつそれは自己も他者も、有機物も無機物も関係なく、ありとあらゆる事物や事象が参照項となりえることが、「誰よりも人らしい 物ならばなんて呼ぼう」という歌詞からもうかがえる。

そしてオオクボもまた、こうした “なにかとなにかの間” に関心を持ち、そこでの変容や差異を描いてきたクリエイターに他ならない。例えばオオクボはMVにおいてミュージシャンが歌唱するシーンを実写映像をもとにしたロトスコープによって繰り返し描いているが、その頭部は写実的なトレースからマンガ的な戯画化、キャラクター的な記号化までさまざまな様式でコマごとに描き、統一的な図像で描かれることが少ない。あるいはD.A.N.の「Sundance」(2018)では、実写のシマウマとほぼテクスチャーと化したシマウマのグラフィックを対比したり、Mndsgnの「Alluptoyou」(2016)では、エアブラシのオブスキュアな飛沫が描かれる対象のソリッドな物質性を溶解させている。また「連続性のある芸術表現」に取り組んだ個展「Struggle In The Safe Place」では、図像を反復させながら対象が変化していく様を絵画として描いていた。

こうしたイメージとイメージの差異や変容、または同一性を問う姿勢は、オオクボ自身によって「物体Aが物体Bに変化していく間の、AとBが混じった、でもそのどっちでもないような絵が描きたい」と説明されており、22年の個展によってより明確に打ち出された作家のコンセプトだといえる。ゆえに「君よりも君らしい」のMVは、OYAとオオクボ両者の関心が重なり合う地点で生まれることになったのである。

後編へ)

★──「KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)&オオクボリュウ『まいにちたのしい』インタビュー 声に出して全身で感じるフィジカルな絵本」『好書好日』https://book.asahi.com/article/12718307

執筆日:2025/2/15(土)