会期:2025/03/04~2025/06/15
会場:東京国立近代美術館[東京都]
公式サイト:https://art.nikkei.com/hilmaafklint/

2022年に日本で公開されたドキュメンタリー映画『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』(配給:トレノバ)で、私は初めてヒルマ・アフ・クリントという画家を知った。同映画で印象に残っているのは、ワシリー・カディンスキーやピート・モンドリアンらよりも先に抽象画を描いた画家であるにもかかわらず、ヒルマが長らく美術界で扱われてこなかったのは女性だからといった論調である。しかし本展を観るとそうしたジェンダー問題より、もっと彼女の本質に迫った内容となっていたため、予想以上の見応えがあった。まず職業画家の時代に描いたという肖像画や風景画からは、彼女の確かな画力がうかがえた。そして本丸はスピリチュアリズムに傾倒してからの精神世界を描いた絵画の数々である。これが抽象画の様相をしていることから、美術史上で波紋を呼んでいるのだが、むしろ結果は似ていても手段が異なるという点で、彼女は同時代の画家とは別次元の画家ではないかという確信を得た。

展示風景 東京国立近代美術館[撮影:三吉史高]

展示風景 東京国立近代美術館[撮影:三吉史高]

ヒルマは親しい女性4人と「5人(De Fem)」というグループを結成し、交霊術によるトランス状態で高次の霊的存在からメッセージを受け取り、それらを自動書記や自動描画で記録したといわれる。いわば「神のお告げ」的なものだろう。私はこうした世界にまったく疎いのだが、凡人には見えないものを知覚し、それを表わすという行為の延長線上で絵画が出来上がっているのだとしたら、見た目は抽象画であっても、手法は具象画に近いのではないかと思えるのだ。とはいえヒルマの心のなかで、霊的存在から受け取ったメッセージをどのように咀嚼したのかといった過程がわからない限り、それは何とも判別はつかない。

展示風景 東京国立近代美術館[撮影:三吉史高]

並列して語るには時代も国も背景も異なるが、その本人にしか見えないものを描いたという点では、草間彌生を思い浮かべてしまった。彼女は幼少期から病気による幻覚や幻聴に悩まされ続け、それを記録することで作品が生まれていったことは知られている。つまり何を拠り所にして描くのかが、画家にとっての生命線といえよう。ヒルマの場合、その拠り所がとても純粋で尊いものだったため、作品にも自然と力が宿ったのではないか。そう思えるほど、とにかく本展の作品群には圧倒されてしまった。

展示風景 東京国立近代美術館[撮影:三吉史高]

関連レビュー

ハリナ・ディルシュカ『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』|村田真:artscapeレビュー(2022年03月01日号)

鑑賞日:2025/03/23(土)