会期:2025/05/30〜2025/06/01
会場:戸山公園 野外演奏場跡[東京都]
作:秋浜悟史
演出:岩澤哲野(theater apartment complex libido:)
公式サイト:https://hiraoyogihonten.com/hiraoyogi9th_info/
「喜劇」と冠された秋浜悟史の戯曲『英雄たち』が描き出すのは、敗戦を経て大きな変化の只中にある社会を背景に、しかしこれといった出来事が起きるわけでもない平凡な日々を生きる、まだ何者でもない若者たちの姿だ。日々のままならなさに振り回される彼らはなるほど滑稽だが、それでもどうにか未来に向かおうとするその姿は同時に切実でもあり、「英雄たち」というタイトルには彼らに対するどこか優しい視線も感じられる。
早稲田大学演劇学科在籍中の秋浜悟史がこの戯曲を発表したのは1956年。そこから69年の時を経て、平泳ぎ本店による『英雄たち』が戸山公園(箱根山地区)野外演奏場跡で上演された。今回の上演は2024年にはじまった戸山公園野外演劇祭の第十二弾としてのもの。平泳ぎ本店としては2024年の『若き日の詩人たちの肖像』(原作:堀田善衛、構成・演出:松本一歩)に続き二度目の演劇祭参加である。俳優のみの団体として、多くの作品でメンバーがアイデアを出し合いながら創作を進めていくディバイジングの手法を採用している平泳ぎ本店だが、今回は演出にtheater apartment complex libido:の岩澤哲野を迎えての上演となった。
[撮影:北原美喜男]
舞台は「東北地方の片田舎」、ある夏の盆踊りの夜。盆踊りの会場から外れた村の一角で土方の勇助(松本一歩)、高校生の三郎(松永健資)、百姓の長吉(河野竜平)がとりとめもない話をしている。やがて役場小使の善吾(小川哲也)が合流すると、中学教師の杉山(鈴木大倫)と役場吏員の片子(草彅智文)が自転車の二人乗りで通りがかる。隠れた勇助らが様子を見ていると、杉山が片子を口説きはじめ──。
平泳ぎ本店版『英雄たち』には二つの趣向が凝らされている。ひとつ目は野外演奏場跡を取り巻く公園の斜面に無数の角材を墓標のごとく突き立てたこと(美術:平山正太郎)。いくつかの角材には学帽や手拭いなどの小道具がぶら下がっている。二つ目は俳優たちをタヌキに見立てたこと。出演者の全員がタヌキ風の隈取りをしているのだ。客席は野外演奏場跡の舞台の上に設けられ、観客は斜面と向き合うかたちで開演を待つことになる。やがて時間になると方々からタヌキ=俳優たちが現われ、登場人物たちに化けて芝居をはじめるというわけだ。
[撮影:北原美喜男]
この趣向は『英雄たち』の登場人物が抱える鬱屈や切実さを、逆説的にそれを演じる俳優たち自身の感情とつなげてみせることになる。登場人物たちはつねにタヌキの化けた姿として、つまりは俳優と二重写しに提示されるからだ。あるいは彼らは都市の片隅で生きるタヌキの姿に、俳優として何とかサバイブしようとする自分たちの姿を重ねて見たのだと言うこともできるかもしれない。
突き立てられた墓標は、戯曲の物語に沿って解釈するならば戦争で失われた命を悼むためのものであり、メタ的なレベルに立てば演劇界の先人たちへのリスペクトを示すものでもある。そこには無名のままに消えていった多くの先達も含まれているはずだ。いや、『英雄たち』の内容を考えれば、そのリスペクトはむしろ彼らにこそ捧げられていたのだと見るべきだろう。
[撮影:北原美喜男]
[撮影:北原美喜男]
公演期間中は梅雨前にもかかわらずかなりの雨に見舞われ、2日目までは雨降りしきるなかでの上演となったらしい。私が観劇した3日目の開演時間には幸いにも雨はやんでいたものの、ぬかるんだ地面のコンディションは最悪。俳優たちはしばしば足を取られ、ときに斜面を転がり、あるいは滑り落ちながらの熱演となった。しかし、である。そのままならなさは図らずも『英雄たち』のままならなさと共振し、それを何とか乗りこなそうとする何者でもない者たちの奮闘に(そう言ってしまっては失礼なことも重々承知しつつ)私は少なからずグッと来てしまったのであった。
さて、この感動はもちろん平泳ぎ本店の俳優陣の真っ直ぐな情熱あってのものなのだが、私は客演の草彅にも特に拍手を送りたい。パワープレイ一辺倒になりがちな平泳ぎ本店の面々のなかで、片子役の草彅の緩急ある演技があったからこそ芝居に観客を飽きさせないグルーヴが生まれていたことは間違いない。
[撮影:北原美喜男]
[撮影:北原美喜男]
活動10年を迎えた平泳ぎ本店は次の10年を見据え、地域に根ざした演劇活動を盛り上げ魅力あふれる文化を発信していくことを掲げて運営資金の支援を募っている(受付期間は6月30日まで)。平泳ぎ本店は昨年の公演でも戸山公園野外演劇祭の環境整備(上演のための舞台床面の作成)を掲げてクラウドファンディングを実施し、自分たちの活動を通じた地域貢献を果たしていたのだった。毎週水曜日には劇団員が取り組む「舞台俳優のためのファンダメンタル」という基礎トレーニングの無料開放もしている。この秋には主宰の松本が公的資金による助成を得てチリの舞台芸術フェスティバルの視察に派遣されることも決まっているという平泳ぎ本店の次の10年はどこに向かうのだろうか。
鑑賞日:2025/06/01(日)
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