《こおりおに》（2025）840×594×30mm［撮影：DUSTBUNNY］

会期：2025/06/28〜2025/07/23
会場：銀座 蔦屋書店 FOAM CONTEMPORARY［東京都］
主催：銀座 蔦屋書店
協力：昭島市立光華小学校、特定非営利活動法人アートフル・アクション
公式サイト：https://store.tsite.jp/ginza/event/art/47873-1309130613.html

（前編より）


《こおりおに》（2025）に描かれた弓指自身の遅れる目のように、私の目は絵の分厚さもものともせず、しかし引っ掛かったり逸れたりしながら、壁面を辿ってきた。吹き出しで表わされる同級生との会話は、漫画のコマを一つひとつ追う所作というより、するすると流れていくような連なりだった。

だが明確にこの展示は章立てされてもいる。金のテープで作られたのれんをくぐると部屋は白壁になり、弓指が光華小学校へ「やってきた」もともとの目的でもある「『子どもと戦争』について考えて欲しい、というデカすぎる依頼」に応えようとした様子が展示されている。

かつて軍需工場として軍用機を生産し、飛行場も備えていた昭島には多くの戦災遺構が残されている。二つ目の展示室はこのフィールドワークの経験を共有するものである。基本となる展示のメディウムは同様だが、ここには紙粘土で作られた地図と、紙芝居が加わっている。弓指が現地で同級生たちに向けて、昭島の過去を伝えるものだ。弓指のつくる紙芝居は、魅力的で、面白く、哀しい。弓指寛治という絵画を扱うアーティストの技術に息を吞む。だが、タイトルにはそれぞれ「自由研究」と添えられている。これはあくまで絵が得意な「小学5年生」（4年2組から5年2組に進級している）が同級生に披露したものなのだ。このことに違和感を覚える小学生だっているだろうし、それ以上に多くの大人は困惑したかもしれないが、弓指は徹底して、自分がそのなかに居るということを隅々まで意識して過ごしているのだ。

三つ目の、最後の展示室に至り、現在進行中の「昭島の歴史と未来」の壁画が現われる。クジラのいた頃から戦争を経た現在までを貫く、それこそさまざまな時間の層にシークエンスを通していくような壁画になりそうだ。ここでも壁面はさまざまなメディウムで埋まっており、吹き出しとともに壁面を辿っていく。言葉を追っているうちに絵の側面が見えてきて、そのまま前面へ私は送り出される。このような日々が続いていることを嬉しく思うし、描きかけの壁画の完成する頃、この日々はひとつの区切りを迎えるだろうことも想像できる。展示は終わりに近づいている。

絵は木製の一本柱に取り付けられて、ガンダムと同じくパネルの裏面をあらわにしている。裏面と向かい合う壁には、壁画を描いている様子のスケッチ、言葉が並ぶ。スケッチはそれまでのように着色されたりラミネート加工もされておらず、トレーシングペーパーに描かれたそのままだ。そして吹き出し。

この絵ってさぁ／うちらが死んでからも残んの？

同級生の言葉はこのように終わり、吹き出しのすぐ脇には金色テープののれん。くぐればそこはもうギャラリーの外になる。展示は終わる。

◆

鮮やかなシークエンスだ。賑やかな校庭に始まり、その中を歩み、居る術を知ったうえで、壁画の裏で（実際は表を描きながらだろう）の言葉で終わる、この鑑賞。絵画と物語を辿り歩く屋外でのインスタレーションにも長けた弓指寛治の技術が遺憾なく発揮された展示だ。かつて長谷川新が《輝けるこども》（2019）を評したように「弓指の特異な才は、『空間で語る』ことができる点」であることは間違いないだろう。サイトスペシフィックな屋外展示だけでなく、銀座の一等地の商業ビルのアートギャラリーで、このような展示と鑑賞を実現すること。ここにいながら異なる場所を想像し、ありありと感じられるということ。

生身で、現にそこに居て経験する展示という形式にしか不可能な、体験していないことを経験する時空間がここにはあった。

私はギャラリーを出て、再びガンダムの脇から入場し、ここまでを辿り直した。歩けば歩くほど、ここに描かれなかった時間の厚みが想像されていく。そして、二周目に思い出されたのは、紙芝居のことだった。シーンに区切られながらも、一枚一枚の絵で多くが語られる紙芝居。紙から紙へのトランジションは、サッと引き抜かれることもあれば、ゆっくりとめくられることもある。後者の、ずれていく手前の絵と、徐々に現われてくる後ろの絵の同居。紙芝居は額縁に縁どられ、その正面に客席を求める。強い正面性を有しているが、同時に、その面は入れ替わりが可能で、ずれ込んでいくものでもある。絵画も、一番大きな面は正面ではなく、前面に過ぎない。前面は前面だけで存在するのではない。

世界の揺れ動きが、移動が、鑑賞者である私の歩みによって引き起こされ、前面へ送り出されたり、ときに私が見送ったりもする。


鑑賞日：2025/07/17（木）