
会期:2025/07/16~2025/09/17
会場:森アーツセンターギャラリー[東京都]
公式サイト:https://tove-moomins.exhibit.jp
『ムーミン』の原作者として知られるトーベ・ヤンソン。以前に彼女の半生を描いた映画「TOVE/トーベ」(ザイダ・バリルート監督)を観たことがあるのだが、その映画では『ムーミン』以前の青春時代に焦点を当てていたことから、厳格な父との葛藤や、彼女を取り巻く人間模様、自由奔放な生き様などが主題となっていた。あのほのぼのとしたムーミン谷の世界観とトーベのキャラクターとのギャップにやや戸惑いつつも、生身の作者像を知ることができて、より親近感が湧いたことを覚えている。その前知識をもって本展を観たためか、満足度はとても高かった。最初にトーベの油彩画をじっくりと鑑賞できたうえ、彼女が実際に使用していた絵具や筆などの画材まで観られたのは嬉しかった。また小児病棟の壁画のためのコンペティション用スケッチや、第二次世界大戦期に描かれた風刺画、『ムーミン』が掲載された新聞連載マンガなど、彼女の知られざる作品の数々が一堂に会した展示構成となっていた。

トーベ・ヤンソン《煙草を吸う娘(自画像)》(1940) 油彩、カンヴァス 個人蔵[© Tove Jansson Estate Photo © Finnish National Gallery Yehia Eweis]
トーベ・ヤンソン《遊び2(アウロラ病院小児病棟の壁画のためのコンペティション用スケッチ)》(1955)テンペラ、カンヴァス ヘルシンキ市立美術館[© Moomin Characters™ Photo © HAM / Hanna Rikkonen]

雑誌『ガルム』(1945)イースター号 ムーミンキャラクターズコレクション[© Tove Jansson Estate]
とはいえ、一番の見どころは『ムーミン』物語の展示である。最後の展示ではマンガの一コマ一コマが切り抜かれた形で展示され、さらに登場人物たちの印象的な言葉が紹介されていた。それらを改めて眺めると、なんと含蓄のある言葉なのかと思う。「大切なのは、自分のしたいことがなにかを、わかってるってことだよ(スナフキン)」や「ものごとって、みんなとてもあいまいなのよ。まさにそのことが、私を安心させるんだけれどもね(トゥーティッキ)」など、実にシンプルで当たり前なことを言っているだけなのに、ムーミン谷の登場人物たちがつぶやくと、なぜかその言葉の意味を反芻してしまう魔力が備わっている。
本展でも触れているが、『ムーミン』が生まれた背景にはトーベ自身も二度体験した世界大戦の影響があるという。戦禍のなかで平和への祈りや希望が沸々とこみ上がっていったからこそ、ユートピアのようなムーミン谷が誕生したのだ。そうした視点で『ムーミン』を捉えると、シンプルな言葉には平穏な日常への愛しさがあふれているのがわかる。戦争体験者だからこそ描けた物語であることを、今こそ世界中のファンは自覚しなければならないと思う。
トーベ・ヤンソン《おはよう》(制作年不詳)インク、紙 ムーミンキャラクターズコレクション[© Moomin Characters™]
鑑賞日:2025/07/27(日)