7月、8月。暑い。北海道出身で北海道在住だが、こんなに夏が暑かった記憶はない。一昨年あたりから夏になるとほぼ必ず熱中症になってしまい、この時期は体調を崩すことが増えた。自宅の窓エアコンの効きもあまり良くないので、大学院の研究室で涼みながら作業できることがありがたい。
そうした環境で研究を進めるなか、ふと、ある光景が目に留まった。この日は大学でオープンキャンパスが開催されており、参加者の高校生と保護者で敷地内はかなり混雑していた。この日も非常に暑かったのに、北海道大学総合博物館に寄るとミュージアムショップも賑わいを見せていた。「こんなマニアックなもの売ってるのー!? すごい!」「え! この昆虫のグッズってあるんだ!?」「友達がキノコ好きだから買っていってあげようかな」と、高校生たちが楽しそうに買い物をしている姿がある。見ているこちらまで嬉しくなってしまう。
このような風景を目にするたび、ミュージアムショップは単なる物販スペースではなく、人々の感性や関心に応える文化的な場となっているのではないか、という問いが浮かぶ。はたしてミュージアムショップは、どのように人々に受け入れられ、どのような文化的意味を帯びてきたのだろうか。
「おしゃれな雑貨を買える場所」?
ミュージアムショップの歴史を紐解きながら、まずは「おしゃれな雑貨を買える場所」としての側面に着目する。『月刊ミュゼ』編集長の山下治子(1959-)によると、ミュージアムショップが国内で注目され始めたのは1980年代半ばのバブル経済の頃とされている。円高の影響で海外旅行が一般的になり、海外のミュージアムショップの存在が人々に注目され始めたのだ。百貨店の展覧会でもミュージアムグッズを購入できるコーナーが設けられ、メディアでも注目を集めるなど、一時「ミュージアムグッズ・ショップブーム」があったとのことである。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップであるMoMAデザインストアの日本初進出は1989年、日本向けオンラインショップの開始は2004年、そして海外初の路面店としての表参道店オープンは2007年である。こうした海外の洗練されたデザインを発信する動きは、国内のミュージアムショップの在り方にも影響を与えたと考えられる。
国内では、1990年にオープンしたワタリウム美術館の「オン・サンデーズ」をはじめ、原美術館や根津美術館、国立新美術館の「スーベニアフロムトーキョー」など、個性あるショップが登場してきた。これらは単なる物販の場ではなく、ミュージアムの理念や美意識を反映する「セレクトショップ」としての側面を持っていた。ワタリウム美術館の初代館長である和多利恵津子(1932-2012)も、も、1990年代にはミュージアムショップはオリジナルグッズを並べるだけでなく、既存の商品からミュージアムのポリシーに合致するものを選ぶ、セレクトショップの様相を呈してきたとし、ミュージアムの「眼識」を打ち出せる場所でもあるようになってきたと、自著のなかで述べている。
そのミュージアムショップを雑貨を買う場所として広めるうえで、森井ユカ(1965-)の存在は欠かせない。森井は立体造形家やキャラクターデザイナーとしての活動だけではなく、世界の日用品を書籍を中心に紹介する雑貨コレクターとしても活動している。郵便局やスーパーマーケットなど、これまで雑貨を買う場所としての認識がなかったところで「素敵な物が買える」と打ち出した。その一環としてミュージアムショップを取り上げ、書籍『ミュージアムショップトリッパー!』(ネオテリック、2007)にて世界のミュージアムのグッズを紹介した。
この頃は、ミュージアムショップがメディアでも紹介される一方で、博物館経営にも収益性が求められるようになってきた。こうした背景もあり、ミュージアムショップは単なる売店から、博物館の理念や経営方針を反映する場として注目され始めた時期とも言える。国立博物館の独立行政法人化は2001年から、公立博物館への指定管理者制度の導入は2003年から、公益法人改革による私立博物館の再編は2008年から、地方独立行政法人による公立博物館運営は2014年からである。博物館にも収益性が求められ、経営の考え方が取り入れられ始める萌芽の時期と言えるだろう。
その後、雑貨コーディネーターのオモムロニ。による『DAILY GIFT BOOK 気持ちが伝わる贈りものアイデア』(文藝春秋、2019)などのように、粋なギフトを購入する場所としてミュージアムグッズを紹介する書籍も登場する。ライフスタイルを発信するスタイリストやエッセイストの書籍内で私物としてミュージアムグッズも登場している。ほかの人と被らないもの、ちょっとマニアックなもの、相手の趣味にフィットするものを購入できる場所としてのミュージアムショップの認知度の向上が考えられるのだ。
最近のお気に入りは、旧日本郵船株式会社小樽支店(前回参照)のミュージアムショップで購入した「Shipping Necklace Flower」。2階会議室の天井にある中心飾りがモチーフになっている[筆者撮影]
ぬいぐるみのヒット
こうしたグッズの多様化はさらに進み、近年では特に「ぬいぐるみ」が人気を集めている。これまでも、動物園や水族館では飼育している生き物のぬいぐるみが販売されてきたが、近年では、飼育員の監修を売りにした、よりオリジナル性の高いぬいぐるみが登場するようになった。また、生き物のほかにも、美術館や博物館が所蔵する資料や作品などまで、近年は多くぬいぐるみになっており、愛でる対象として扱われるようになってきている。立体物としてはアクリルスタンドなどの方が安価に制作できるものの、よりリアルに生活のなかで使用でき、ミュージアムでは触れない資料を所有する感覚を持てるのはやはりぬいぐるみであろう。
推し活文化が一般的になったことも踏まえ、「推しぬい」との関係性も指摘できる。ミュージアムのぬいぐるみが、自分にとって特別な意味を持つ対象──つまり“推し”として認識され、日常に取り入れられるようになっているのだ。SNS上でも「○○展のぬいを連れてカフェに行った」などの投稿が見られ、展示を起点とした生活のなかでの新しい愛着のかたちが生まれている。今年に入ってからぬいぐるみをテーマにした書籍も見かけるようになり、『nui nui nui! 大人だってぬいぐるみが好き!』(世界文化社、2025)では、「博物館&美術館の所蔵品を身近に慈しむ 知りたい触れたいミュージアムぬい」として、ミュージアムショップで購入できるぬいぐるみが紹介されている。
こうした現代的なトレンドも、ミュージアムショップが時代ごとに人々の感性や消費行動に呼応しながらそのあり方を変えてきたことを示している。このように、雑貨やギフトのように親しみやすい存在として広く認知されてきたミュージアムショップだが、その一方で、博物館本来の理念や展示と乖離しているとの批判もある。では、こうした二面性を、博物館学の立場からはどう捉えるべきなのだろうか。
静嘉堂文庫美術館の「曜変天目茶碗」を模した実寸大のぬいぐるみ。展示室で本物を見たあとにやっぱり欲しくなるほど、布地へのこだわりや縫製の丁寧さに惚れ惚れ[筆者撮影]
筆者お気に入りのぬいぐるみのひとつはこちら、鳥羽市立海の博物館で購入できる「うなぎのぬいぐるみ&かごセット」。販売開始から30年以上人気のベストセラー[筆者撮影]
博物館学の観点から
博物館学の観点からミュージアムグッズやミュージアムショップを考えるにあたり、この記事の序盤でも言及した山下治子の存在は欠かせない。1994年に創刊した『月刊ミュゼ』の編集長を務め、ミュージアムの専門誌として博物館業界の動向を広く紹介してきた。雑誌の創刊当初のキャッチコピーは「ミュージアム・ショップとグッズをクリエイトする人の専門誌」とあり、実はもともとはミュージアムグッズ、ミュージアムショップの専門誌として世に登場したのだ。『ミュージアムショップに行こう! そのジャーナリスティック紀行』(アム・ブックス、2000)でも、『月刊ミュゼ』創刊の動機として、「素人が何の考えがあってといわれそうだが、それはミュージアムグッズやショップにかかわる人々、たとえば博物館学の研究者や行政担当者、展示業者、ミュージアムショップ担当者、ミュージアムグッズ製造業者などに、理論の構築や実践の検証、情報を共有する媒体をつくることで、ミュージアム業界全体のレベルアップが可能になるのではないかと思ったのである」と述べている。
博物館経営論の観点からも、ミュージアムショップの経営資源としての可能性が注目されるようになってきた。先行研究によると、来館経験の最初と最後で出会う可能性があるショップは、博物館の印象全体を左右するかもしれない、経営戦略上においても重要な場所であるとされている。博物館はミュージアムショップを通じて展示室とはまた別の観点からメッセージを発信することができ、購入者や同行者同士でのコミュニケーションのきっかけになるという指摘もあり、筆者も博物館における教育活動、博物館体験の一環としてのミュージアムグッズ、ミュージアムショップの役割に注目している。
展示とショップの乖離
このように、ミュージアムショップは時代や社会の感性に応じてその役割を広げてきたが、つねに肯定的に受け止められてきたわけではない。特に、展示内容とショップ商品との間に違和感を覚えるという声は、来館者や識者からも少なからず上がっている。特にミュージアムショップ、特に大型企画展の特設ショップに対しては、批判的な声も少なくない。
文筆家・エッセイストの塩谷舞(1988-)は著書『小さな声の向こうに』(文藝春秋、2024)のなかで、「柳宗悦の辛辣な『お叱り』と、事なかれ主義トート」と題し、2021年に東京国立近代美術館で開催された「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」の特設ショップに対して私見を述べている。本展は民藝運動の歴史を辿り社会の近代化との関係性を紹介し、柳宗悦の編集手法や美意識を知ることができる内容だった。だが特設ショップには、薄い布地の量産トートバックが並び、そこには展覧会のメインビジュアルに使用されていた鉄瓶のシルエットがプリントされていた。塩谷は、このようにアイコニックなモチーフをプリントした大量生産の商品を販売することは民藝の思想と乖離していると指摘した。
柳宗悦が1989年に国立近代美術館と民藝館を比較し、「只、官立の場合は館員は月給で働く傾きがあるが、在野は仕事がしたくてする性質が濃い。だから官の役人だと、とかく事勿れ主義になるが、在野人はしたい事を真直ぐにする幸福がある」(柳宗悦「近代美術館と民藝館」、『民藝』第64号[1958])と記している。展覧会の公式サイトには「本展は63年前、柳から投げかけられた辛辣な『お叱り』を今、どのように返球するのか、というチャレンジでもあります」とあったとのことだ。塩谷はこれを受け、特設ショップのキュレーションが展示と乖離しているその姿こそ、縦割り組織を主とする官の「事勿れ主義」の体現であるとし、柳の国立近代美術館に対する批判が現在もなお通用してしまうと指摘した。
このような特設ショップは、塩谷が指摘するように特設ショップの運営とグッズ開発を外部業者に委託していると考えられる。展覧会と特設ショップのキュレーションの乖離が見受けられるのも、お土産やギフト、雑貨としてミュージアムグッズが日本国内で受け入れられてきた背景を踏まえると、ショップの収益確保の手段としての側面、グッズのおみやげとしての役割に重きが置かれていると考えられるだろう。先述の和多利も自著のなかで、1980年代の終わり頃の時点でも美術関係者の間で、ミュージアムショップは「売店」、ミュージアムグッズは「みやげもの」と捉えられていたとしている。塩谷は本稿の結びで「メーカーはSNSに日々溢れる消費者の意見を分析しながら商品をつくり、それが集合知によって評価され、平均点の高い──つまりコスパが良く便利なものがランキング上位を占めていく。そこに美意識という評価基準が立ち入る隙間は、100年前よりもずっと狭くなっているのではなかろうか」としている。先行研究ではミュージアムショップを「展示の延長」であると指摘があり、特に美術館のような館種では館側が一定の権威を持っていると感じさせるが、ミュージアムショップでは元の作品の優劣や序列を保留にしたまま、グッズを介してコレクションにアクセスでき気軽に近づくことができるとしている。このようにミュージアムショップは、ミュージアムの新たな価値や情報発信の舞台となる可能性を秘めていながら、この塩谷の指摘にあるように、これまでの「売店」としての歩みを踏まえた画一的な「お土産」を求める消費者の声や、それに応えようとするビジネス的な側面の限界を示唆する場面がいまだに見受けられるのではないだろうか。
多様性を担保する場としてのミュージアムショップ
しかし、すべてのミュージアムショップがこの課題に直面しているわけではない。特設ショップではなく常設のミュージアムショップではむしろ、画一的な価値観とは一線を画し、多様な関心を持つ人々に応える場として機能している事例も存在する。実際に、筆者が北海道大学総合博物館で見た冒頭の光景は、そのことを裏づけている。オープンキャンパスで賑わうショップでは、昆虫食や鉱物標本、恐竜グッズなどに夢中になる高校生たちの姿があった。
このような多様なニーズに応える場としての役割は、ショップの運営者も認識している。北海道大学総合博物館ミュージアムショップ「ぽとろ」の代表を務める浅野目祥子氏は、2019年に『月刊ミュゼ』に掲載された筆者のインタビューのなかで、ミュージアムショップを「多様性を発信する場」だと述べている。ショップを訪れる人たちを見ていると、昆虫食を喜んで購入する人、鉱物標本をうっとりと見ている人、恐竜グッズに夢中な人などがおり、「自分と違う価値観を持つ人がこの世にはこんなにたくさんいて、商品としてきちんと売れるものなんだ」と実感したという。博物館は理学部に隣接しているためオープンキャンパスの時期は受験生も多く、「いつかここで自分の好きな研究をやりたい」という憧れを、ミュージアムショップにも投影しているのかもしれない。
バブル期の「ブーム」から始まり、ライフスタイルを彩る「雑貨」へ、そして多様な「関心」を受け止める場としても機能しているミュージアムショップ。そこにはつねに、人々の消費行動や価値観の変遷が映し出されてきた。ミュージアムショップは単なる「お土産物売り場」でもなければ、画一的な消費を促すだけの場所でもない。柳宗悦や塩谷舞が指摘するような課題を抱えつつも、一方で、来館者一人ひとりのマニアックな興味関心を受け止め、多様な価値観を発信する舞台にもなり得る。
こうした二面性は、ミュージアムの公共性と市場性の間で揺れる存在を象徴するといえるだろう。ミュージアムショップが今後、この二つの側面をいかに両立させ、それぞれの場所ならではの「眼識」をどう発信していくかが問われている。
参考文献
・青木豊「現代博物館に於けるミュージアム・ショップの必要性に関する一考察」(『國學院大學博物館學紀要』第13輯、國學院大學博物館学研究室、1989)
・今村信隆「8 博物館のショップ、カフェ、レストラン」(『〔改定新版〕博物館経営論』、放送大学教育振興会、2023)
・大澤夏美「人々の多様性が花開く場所へ ミュージアムショップ『ぽとろ』代表 浅野目祥子さんにインタビュー」(『月刊ミュゼ』vol.124、アムプロモーション、2019)
・オモムロニ。『DAILY GIFT BOOK 気持ちが伝わる贈りものアイデア』(文藝春秋、2019)
・塩谷舞「柳宗悦の辛辣な『お叱り』と、事なかれ主義トート」(『小さな声の向こうに』、文藝春秋、2024)
・LaLa Begin編集部「博物館&美術館の所蔵品を身近に慈しむ 知りたい触れたいミュージアムぬい」(『nui nui nui! 大人だってぬいぐるみが好き!』vol.2、世界文化社、2025)
・文化庁 博物館総合サイト(https://museum.bunka.go.jp/museum/、2025年8月4日閲覧)
・森井ユカ『ミュージアムショップ トリッパー!』(ネオテリック、2007)
・山下治子『ミュージアムショップに行こう! そのジャーナリスティック紀行』(アム・ブックス、2000)
・山下治子「3 ミュージアムショップとレストラン」(『新博物館学教科書 博物館学Ⅲ 博物館情報・メディア論*博物館経営論』、学文社、2014)
・和多利恵津子『世界のミュージアムグッズ』(平凡社、1996)