会期:2025/07/17-
会場:Video Data Bank TV(オンライン)
公式サイト:https://www.vdb.org/vdb-tv

ジェシー・マクリーンによる『See a Dog, Hear a Dog』(2016)は、映画や放送の撮録現場で語られるサウンドデザインのレトリック「See a dog, hear a dog(筆者訳:犬を見たら、その犬の鳴き声を聞かせろ)」をタイトルに掲げる。本来は映像と音声の同期を指す技術的原則だが、マクリーンはこれを思考の起点に、人間が異種とのあいだにつながりを求める欲望、そして応答のかたちを探ろうとしている。

映像には、YouTubeやSNSなどのプラットフォームで拡散される犬のショートクリップ、延々と応答を返すチャットボットのウィンドウ、音楽に呼応して光の渦を描くiTunesのビジュアライザが繰り返し現われる。犬は呼びかけに従うこともあれば、無視するようにふいに視線を逸らすこともある。一方で、機械音声やアルゴリズムは均質で滑らかな情報を途切れることなく供給し続ける。2016年という作品の制作年は、Siriを始めとする対話型インターフェースが一般化し、ディープラーニングの成果が生活の表層で見えるかたちで登場した時期にあたる。マクリーンはその状況を踏まえ、ときに論理的な流れを欠き、唐突にこちらの意図を外し続けるチャットボットの返答と犬の気まぐれな動作を並置させ、コミュニケーションの不一致を描く。そのような断片的な応答のあり方は、失敗としてではなく、むしろ対話と接続の条件付けとして示される。対話の不完全さが関係を続ける欲望そのものを標榜し、こうしたあり方が意味のなさによって調和が取れているようにさえ見えた。


VDB-TVウェブサイトより

今回の上映は、シカゴ美術館附属美術大学のメディアアート・プラットフォーム「Video Data Bank TV(VDB-TV)」による特集プログラム「Dog Days: Superimposing the Canine」の一環として行なわれた。犬と人間、あるいは人工知能との関係を、既知と未知の境界を再定義する映像群の中で、『See a Dog, Hear a Dog』は対話の不成立、そして残り続ける接点を同時に映し出す。本作が示すのは、ずれや齟齬を抱えたまま応答が続く関係関係である。フェミニズムとポストヒューマニズムの交点に立つ代表的な思想家ダナ・ハラウェイは『猿と女とサイボーグ』(青土社、2000)で、「becoming-with(共になること)」を差異を前提とした共存の実践として提示した。異なるアクターが同化を目指すのではなく、互いの差異を抱えたまま応答し続けることでのみ成り立つ関係の可能性が語られている。マクリーンの映像にもまた、同一化ではなく互いの差異を保持した関係性や不完全な理解を描くことで、ハラウェイが示した共同のあり方と、応答を持続させるための条件を探る試みとして捉えられるだろう。

執筆日:2025/07/30(土)