
会期:2025/04/22~2025/07/12
会場:SCAI THE BATHHOUSE[東京都]
公式サイト:https://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibitions/2025/04/kohei_nawa_sentient/
東京・谷中のSCAI THE BATHHOUSEにて、名和晃平の個展「Sentient」が開催された。これまでの名和の個展が特定の作品シリーズにフォーカスする構成を多くとっていたのに対し、本展はシリーズ化されていない新作を含む、多様な作品によって構成されている。
これは本展が、2023年にkojin kyotoで開催された名和の個展「From Code to Material」の展示作品《Material and Book Shelf》からの発展であるという背景による。《Material and Book Shelf》は名和の祖母の家にあった本棚を着想源とする作品であり、木製の棚に種々のマテリアル・テストピース・スタディ・立体小作品を混在させながら配している。名和のスタジオにはさまざまな経路で収集したモチーフや手法の実験サンプルなどが集積されており、同作はそれらを総覧するものでもあったという。名和の創作はマテリアルや技術への関心という観点から語られることが多いが、こうしたファウンドオブジェへの蒐集的なまなざしも重要だ。それは「PixCell」「Prism」「Trans」といった代表的な彫刻作品シリーズを見るだけでもわかるだろう。名和は表皮、あるいはそれに触れる私たちの知覚を一貫して表現の中心に置いているが、その表皮に何が包まれるべきかもまた重要な問いなのだ。本展の作品のほとんども、名和が集めたモチーフにもとづくという。時代やジャンルもバラバラなモチーフたちは、意識と無意識、必然と偶然、意味と無意味といった両極でゆらぎつつ、展示の印象を複数化していく。
同時に名和が本展で強く意識しているのが、生成AI以後の創作への姿勢である。例えば、名和はインタビューで「今回『Sentient』(「意識・感覚のある」の意)と名付けて個展をやったのも、AIを使ってなんでも簡単に生成できる時代だからこそ、いま一度フィジカルな感覚を通してアウトプットしようという試みでした。AIって本当におもしろい存在だし、注目されていると思うんですけど、逆にAIができない領域にアーティストは注力すべきだと思っていますし、いまの関心事でもありますね」と語っている★1。しかし、本展は単純にAIとの比較によって人間を再定義し、その既得権益を護持しようとしているわけではない。
AIの文脈において“sentient”と言えば、Sentient AI──意識を持った人工知能──のことがすぐに思い浮かぶだろう。これはAI技術の目標のひとつとされるわけだが、現状においては、AIは意識を持つに至ってはいないというのが一般的な理解である。ではそもそも知性とは、意識とはなんなのか──少なくとも、名和はそれをどのように捉えているのか。
無数の作品シリーズが散在する展示空間は、通常のギャラリーというよりもその源流、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパで隆盛した「驚異の部屋」を思い起こさせる──無論、その英訳である“Cabinet” of curiositiesがMaterial and Book “Shelf”と響き合っていることも含めて。自然物から人工物までを分け隔てなく蒐集する驚異の部屋は、もともと王侯貴族の嗜みとして始まり、やがて学者や文人の間にも広まっていった。彼らに共通するのは、世界をこの手の上に乗せて理解したいという欲求だろう。収蔵品のそれぞれはこの世の神秘の一端をその身に写し取っており、それらを組み合わせるなかで生まれた奇妙な類似や対比関係を編みあげることで、いつしかその深奥へと辿り着くのだと。驚異の部屋とは、世界の精巧なミニチュアであると同時に、それらの法則を探究するための外部化された思考でもあったわけだ。いわばそれは、世界のありようを表現するための一種のテクノロジーといえる。
コレクションを絶えず入れ替え、並び替えるうちに、やがてそれ自体が、半自律的に世界について考え、語りかけてくるかのように見えるということ。これは奇しくも、単語を多次元空間内のベクトルとして位置付け、それらの数学的な操作によって言語の意味を理解したかのようなふるまいを生み出すという、大規模言語モデルの構造とも照応する。高次の意味空間に収蔵された学習データを陳列することによってつくられた驚異の部屋こそが、AIの知性に該当するとしたら。あるいは反対に、本展を構成する作品それぞれを多次元ベクトルとして操作可能としたときに、そこにある種の知性を仮構しうるとしたら。
しかし当然、固定された成分を持ったベクトルとして作品を定義することはできない。名和は自作の持つ解釈の多義性について以下のように述べている。「スーザン・ソンタグが『反解釈』において述べたように、それぞれの作品は解釈に抗い、汲み尽くせない複雑さや自己/相互矛盾を備えている。会場の動線は定められておらず、鑑賞者はいくつもの作品が立ち並ぶ中を自分のペースで移動できる。その自由な時間の中において『感覚がひらかれ、思考が深まる瞬間』が訪れるのだ」★2。意味空間内の各点が自由に動き回るとき、そこに仮構される知性とは、意識とは一体どのようなものとなるのか──ここにこそ、知性や意識に対する名和のスタンスが見て取れるのではないだろうか。
後編では、実際の展示作品を詳細に検討しつつ論を進めていこう。
(後編へ)
鑑賞日:2025/04/18(金)(内覧会)
★1──https://qui.tokyo/art-design/koheinawa#toc-4
★2──「FLAUNT Magazine」のためのインタビューより