放送日:2025/07/26
制作:NHK青森放送局
作:山田由梨
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/rs/M65G6QLKMY/blog/bl/pWgypnnJeM/bp/p7YGJNlmPz/

2025年現在の日本において、都市部以外に暮らすLGBTQの存在が可視化される機会はいまだ少ない。希薄な人間関係のなかで匿名性を担保することが容易な都市部とは異なり、誰もが互いに知り合いであるような地方においては、LGBTQだと可視化されることそれ自体が大きなリスクとなり得るからだ。だが、存在を知られることがなければ理解も遅々として進まず、状況は変わらない。そこにはある種の負のループが形成されている。だから、青森市を舞台に女性同士の恋愛を描いたオーディオドラマ『彼女たちの夜明け』(NHK青森放送局制作)が放送されたことの意義は大きい。フィクションがマイノリティを描くことのひとつの意味はここにある。社会の周縁に追いやられ不可視化されてきた人々を、当事者を直接のリスクに晒すことなく可視化してみせること。記号としてのLGBTQではなく、生身の人間としての彼女たちが、その地でどんな思いを抱えながら生きているのかを描き出すこと。

物語は電話の着信音からはじまる。東京で働く爽子(清水葉月)からのその電話は、地元・青森市で暮らす千紘に自らの結婚を告げ、式へと招くためのものだった。「千紘には絶対来てほしい」という爽子。だが、親友である爽子に思いを寄せていた千紘は最後まで「おめでとう」と言えないまま式にも行かず、その代わりに手紙だけを送り──。

それきり連絡を取り合うこともなく8年が経ったある日、千紘は爽子からの突然のメッセージを受け取り驚く。それは久しぶりに帰省するという爽子からのお茶への誘いだった。8年の空白などなかったかのような彼女の態度に戸惑う千紘だったが、あのときのことなんてもうなんとも思っていないのかもしれないと、昔二人でよく行った喫茶店で会うことを了承する。共通の友人の話によれば爽子はだいぶ前に離婚したらしい。会ってみれば、変わらぬ爽子の態度に千紘のわだかまりも溶け、二人はすぐさまかつての親密さを取り戻すのだった。

再び友人として過ごす日々にやはり特別なものを感じる千紘。だが、やがて話題がかつて千紘が爽子に送った手紙のことに及ぶと、爽子は驚くべきことを言い出す。「うちがあの手紙に返事できなかったのは、うちも同じように思ってたから」。予想外の言葉に思いが溢れる千紘だったが、「好きだよ。それにうち、いまなら一緒にいようって言えるよ」という爽子の言葉にはうまく答えられないまま、その日はお開きとなる。

実は、千紘にはかつて女性の恋人がいたのだが、その彼女はレズビアンであることが両親にばれ、勘当されるようなかたちで東京に出て行ってしまったのだった。「東京で暮らしたいとも思ってなかったし、そんな頑張れない。ていうか、勇気が出なかった」と振り返る千紘はしかし、「男を好きになる人って勝手に思われて何も起きないなら、その方が平和かなぁ」と言いつつ、「でも、それってなんか、なんでって思って」「誰かを傷つけるのが怖くて、ずっと諦めてきたんだよね。でももう、それやめたい」と、爽子とともに一歩を踏み出す決断をする。

本作の演出を担当した石名遥ディレクターは「性的マイノリティを描く物語が都会を舞台にすることが多いなかで、青森という地方で『性的マイノリティが幸せになる物語』があってほしいという強い思いから企画書を作成した」のだという。長年思いを寄せていた相手と実は両思いだったという展開は都合のよいファンタジーのようでもあるが、「あのときはとにかく結婚しなきゃって。それまでも男の人好きにならなきゃって言い聞かせてたし」という爽子の言葉が端的に示すように、二人のすれ違いは社会的な抑圧に大きな原因がある。千紘の職場の先輩・三條(山田百次)しかり、千紘の母(工藤千夏)しかり。結婚して子供を産んで、という「普通の人生」を送ることへのプレッシャーは、しばしば善意の顔で柔らかに圧力をかけ続け、ときに当事者の気持ちの輪郭すら押し潰してしまうのだ。その呪いを解くのに、二人には8年の時間が必要だった。

もちろん、二人の行く末にはまだまだ困難が待ち受けているだろう。だが、きっと味方もいる。この作品にはそのこともきちんと描かれている。千紘の同僚でトランスジェンダー男性の(しかしそのことは千紘しか知らずに会社には女性として勤務する)高野(和田華子)は千紘と互いによき相談相手だし、千紘の弟・翔吾(生田俊平)には、はっきりと自分はふたりの味方であると告げる場面が用意されている。そうしてはっきり味方であると言ってもらえることがどんなに心強いか。『彼女たちの夜明け』という作品もまた、ここに味方はいるということを告げている。

50分というコンパクトな時間のなかで千紘たちを取り巻くリアルとそこで生まれてくる心の揺れを描き切った脚本は、同じく女性同士の恋愛と生活を描いたゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』のドラマ化脚本でも高い評価を得ていた贅沢貧乏の山田由梨の手によるもの(ジェンダー・セクシュアリティ考証:中村香住、若林佑真)。優れた脚本を素晴らしいラジオドラマとして立ち上げた俳優陣の好演にも改めて拍手を送りたい。 作品がすぐさま世界を変えることはないだろう。だが、こういった積み重ねの先にこそ「夜明け」は待っているはずだ。

鑑賞日:2025/07/31(木)