
発行所:グラフィック社
発行日:2025/09/08
公式サイト:https://www.graphicsha.co.jp/detail.html?p=61604
同書は、デザイナーの有馬トモユキが合計15名のクリエイターと語り合った対談がまとめられた一冊だ。そのような建付け上、もっとも読者として直接的な効能が得られるのは、デザインの実作者だろう。しかしあえてここで書評として取り上げるのは、そうした現場向けにとどまらない知見が、この本には収められているからである。
まず目次を一瞥してわかるように、同書でカバーされているデザインの領域は広い。有馬が「はじめに」で説明するように「環境やプロダクト、グラフィック、インタラクション、創作・批評」の四分野に分かれており、通読すると私たちの身近な生活に関わるデザインの背景を知ることができる。また、対談相手もおおよそ1980年代以降に生まれたクリエイターたちが大半を占め、同時代的な実践の内実について知れる内容になっている。そのような意味で、同書は──グラフィック分野にある程度の重心を置きつつも──デザインシーンの最前線を把握するのに格好の一冊となっているのだ。
もちろんそのようなマッピングを提供してくれるだけではなく、クリエイターのインタビューで語られるディテールは、現代のデザインをとりまく状況をくっきりと浮かび上がらせている。
プロダクトデザイナーの檜垣万里子は、X(旧Twitter)上で盛り上がった「#観察スケッチ」というハッシュタグで、製品の外観や分解図、そこから得られた気付きを投稿し、その内容を書籍としても刊行している。「#観察スケッチ」はテレビ番組『デザインあneo』(NHK)や大学、さらには専門学校の授業にも取り入れられ、広がりを見せている。その理由について有馬は「プロダクトデザインの制作環境とか技術的な制約がある程度整ったあとの世界」だからこそ、重要なものとして受け入れられているのではないかと述べている。このコメントは、成形技術の発達や3Dプリンターなどの普及によって、「形を作る」ことに関する制約がほぼなくなったからこそ、形態の必然性の再発見に価値が生まれるというデザインの今日的状況をよく表わしている。
このようにテクニカルな環境が整いつつあるなか、実作者たちは実際のデザイン行為にとりかかる手前で、既存のセオリーやデフォルトに対してどのようにアプローチしているのだろうか。 たとえば、有機的な曲面をさまざまなプロダクトにデザインとして落とし込む柴田文江は、その作業は手作業ではなく、すべて3D CADによって行なわれていると明かす。その理由について柴田は「アナログかデジタルかという議論以前に、最後の部分でズレが生じるということを避けたかった」と述べており、こうした発言にはプロダクトデザイナーとしての矜持が読み取れるだろう。
シルビオ・ロルッソが『デザインにできないこと』(2023/邦訳:牧尾晴喜訳、ビー・エヌ・エヌ、2024)において指摘するように、ソフトウェアの「デフォルト」がデザインに与える影響は大きくなっている。その影響を相対化するためにも、『デザインの入口と出口』で紹介される実践の数々は、有用な示唆をもたらすはずだ。同書にはインタラクションデザインの研究者である渡邊恵太との対談も収録されている。いみじくも渡邊は3DゲームエンジンであるUnityの起動画面が、水平線を想起させることによって「惑星モデル」での思考に引きずられやすいことを述べており、こうした「デフォルト」や「慣習」への批判的眼差しが、現状を打破する突破口となるのではないだろうか。
(後編へ)
執筆日:2025/09/07(日)