
発行所:グラフィック社
発行日:2025/09/08
公式サイト:https://www.graphicsha.co.jp/detail.html?p=61604
(前編から)
もうひとつの論点として、専門性と職能について考えてみたい。プロジェクト全体に関わる現代のデザイナーは、専門性が足かせになってしまうことも避けるべきであろう。有馬は長嶋りかこによる2021年の第17回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館のウェブサイトについて、「最新テクノロジーを用いずとも軽やかにかっこいいものが作れる」と述べている。「情報量の全体を一望したり情報の一点にフォーカスしたり」といった視点移動の自由を担保したそのウェブサイトは、階層構造がほとんどなく、通常のウェブデザインの発想とは異なるものになっている。
吉田勝信の独特な職能理解についてもここで言及しておくべきだろう。山形県をベースに活動する吉田は、デザインのみならず、山や海から採集した素材で色を作るなど、文字通りその土地に根差した仕事を展開している。こうした活動は、いわゆる通常のデザイナーから逸脱する行為に見えなくもない。しかしそう判断するのは性急だ。吉田はISKOFFEEのクライアントワークにおいて、自らの手でグラフィックを完成させるのではなく、店員がマジックによって一筆加えることで完成するというデザインを行なっている。ここで興味深いのは、パッケージデザインを完成させるために用意された厚紙のテンプレートが「治具」と呼ばれていることである。治具とは機械加工において加工物を固定したり、作業位置を指示する補助的な器具のことだ。この工業的な表現からは、フィニッシュを他者にゆだねることまでをデザインとして包括しようとする吉田の意図が浮かび上がってくるだろう。
そもそも編著者の有馬は、同人創作のコミュニティで活動してきた実績があり、2000年代を通じ徐々に多様化、洗練されていったマンガやアニメ、ゲーム系コンテンツのデザインを、2010年代以降さらに底上げした人物の一人だ。彼は同書の冒頭「デザインの入口と出口について」において、自らが関わった2022年の展覧会「THE ART OF SWORD ART ONLINE」に携わった際の展示構成について、劇中のユーザーインターフェースやヘッドセットを冒頭に設置したことに触れている。
有馬は2011年の『アイデア』348号のインタビューで「コンテクストやクラスターによらないクリエイションは可能なのかということを考えています」と述べているのだが、これは今述べた展示ディレクションにもつながる問題意識だと言えるだろう。なぜならこの展覧会は、ライトノベルを原作に多様なメディア展開がなされている「ソードアート・オンライン」シリーズに関連したものであるが、世界観を象徴する要素に着目することで、コンテンツとしての自律性を優先的に提示しているからである。「萌え」や「推し」によって党派性が生まれやすいキャラクターに依存してしまうと、こうした開かれたプレゼンテーションは難しいだろう。同展は、結果的に図録も完売するほどの成功をおさめたという。
このことも踏まえると有馬のデザインは、かつて「オタク趣味」としてレッテル張りされ、隔離されていたマンガ、アニメ、ゲームがオーバーグラウンドへと浮上するひとつの原動力になっていたと見ることもできる。その選択は「コンテクストやクラスター」に閉じすぎないかたちで、作品との出会いを「デザイン」する。このような社会実装に有馬は挑戦し続けてきたのだ。
『デザインの入口と出口』で一貫して議論されているのも、そんな社会実装の方法論の検討にほかならない。有馬は具体的な問いを投げかけることによって、クリエイターたちに内在する思考を引き出していく。彼/彼女たちはどのように自らのクリエイションを社会に落とし込んだのか。それらについて知ることは、デザインの現状の把握のみならず、広く未来の視覚文化を考えるための示唆も与えてくれるだろう。
執筆日:2025/09/07(日)