会期:2025/09/25〜2025/10/01
会場:ユーロライブ[東京都]
脚本・演出:三浦直之
公式サイト:https://lolowebsite.sub.jp/marenahito/

苦しくも甘酸っぱい。そんな片思いが成立するのは、片思いが片思いとして自覚されているかぎりにおいての話だ。片思いだなどとは思ってもみなかった関係が実は「片思い」だったと突きつけられたとき、人はしばしば苦くいたたまれない思いをすることになる。恋愛にかぎった話ではない。友人、家族、あるいはモノや誰かと共有する思い出。私が誰かに向ける思いとその誰かが私に向ける思いが、あるいは私が何かに向ける思いとほかの誰かがその同じ何かに向ける思いが完全に一致することは実のところほとんどないのだが、多くの人はそこにあるすれ違いに見て見ぬふりをして日々を過ごしている。あるいは、その苦さを飲み込んでいくことこそが大人になるということなのかもしれない。

[撮影:石神俊大]

『まれな人』(脚本・演出:三浦直之)の物語は作家・麦川ほとり(篠崎大悟)の引越しの場面からはじまる。引越しといってもその作業はもっぱら友人(?)のヨネ餅(長井健一)が進めていて、麦川自身はオーディション番組の配信に夢中。何を捨て何を残すかの判断もヨネ餅に投げっぱなしなのだが、「信頼してるから」という麦川の言葉にヨネ餅もまんざらでもない様子だ。するとそこに担当編集の郡内(高野ゆらこ)から電話がかかってきて、麦川にラリアットをしたいのだが問題ないかと言い出す。どうやら郡内は麦川が直木賞受賞記念パーティーでヨネ餅からもらったプレゼント(手作りの耳かき!)をすぐに捨ててしまったことに怒っているらしい。しかも(?)、よくよく聞いてみれば郡内が想定していたのはラリアットではなく2人の人間がラリアットで相手を挟み撃ちにするクロスボンバーという(キン肉マンに登場する)技で、ラリアットをする人間がもうひとり必要なことが判明する。心当たりはないかと問われた麦川は中学のときに仲が良かったという図雲(亀島一徳)の名前を挙げるのだが──。

さて、ロロ『まれな人』は10月31日(金)までオンデマンド配信が行なわれている。以下では物語の展開や結末に触れることになるのでご注意を。

[撮影:石神俊大]

クロスボンバーの実現に向け、麦川の中学の同級生を伝って図雲を見つけ出そうとする郡内。だが、木村くま(内田紅多[人間横丁])と金山あけおめ(山田蒼士朗[人間横丁])という二人の同級生から話を聞くも、図雲の現在の行方はなかなか掴めない。しかも、同級生の語る話は麦川の思い出としばしば食い違っているようだ。野球部の応援で図雲と「かけがえない」時間を過ごしたというくまは麦川のことを覚えておらず、写真を見せられても図雲と一緒にいたところを見たことはないという。一方のあけおめは図雲とフォークデュオを組んで文化祭に出たというのだが、麦川の話では図雲とフォークデュオを組んでいたのは麦川のはずだった。これは単なる記憶違いなのかそれとも麦川が嘘をついているのか。

[撮影:石神俊大]

[撮影:石神俊大]

学生時代に限らず、ある出来事の思い出が関わった人それぞれに異なるかたちで記憶されているというのはよくあることだろう。時が経つなかで記憶が移ろってしまっていることもあるだろうし、そもそも同じ出来事をそれぞれに異なる角度から見ているのだから別様に記憶されているのは当然だということもできる。それでも、自分にとってはかけがえのない思い出がほかの誰かにとっては取るに足らないものだと知ってしまったとき、寂しさから逃れることは難しい。

麦川は言う。「俺と図雲のことを覚えてる人がいて欲しかったのかもしんない。二人の絆はまちがいなかったって、誰かにいってほしかったのかもしれないです」と。だが、その願いは果たされず、それどころか傍から見れば二人の結びつきはそれほど強いものではなかったことが明らかになってしまう。いや、麦川はそれをすでに知っていたはずなのだ。麦川が出られなくなってしまった文化祭のステージに、図雲がひとりではなく、あけおめとともに立っている姿を目撃してしまったそのときから。

[撮影:石神俊大]

[撮影:石神俊大]

さて、しかしこれは何も麦川だけが不憫なのだという話ではない。ひとたび現在に視線を向けてみれば麦川も大概である。引越し先の決まっていない麦川は一時的にヨネ餅の家に身を寄せている。そんな関係にあるヨネ餅に対して麦川は「親友っている?」と問いかけるのだが、「麦川さんですかね」と応じるヨネ餅に麦川は「違うだろ」と返すのだ。さらに麦川が「違うよ親友ってそういうことじゃない絶対違うヨネ餅くんの親友は俺じゃないぜっ、たいに」と重ねるこの場面は劇中でも屈指のいたたまれなさである。だがそれでも二人の関係は続いていく。

[撮影:石神俊大]

物語の結末はこうだ。ようやく見つかった図雲はしかし待ち合わせの場所に現われず、麦川との再会は果たされない。しかし、代わりにやってきた図雲の息子・風街(江本祐介)が披露した歌は図雲と麦川が共作し(そして図雲とあけおめがステージで披露し)たあの歌だった。郡内の念願だったクロスボンバーは結局、ヨネ餅とのタッグによって果たされることになる。こうして思いはときにすれ違い食い違いながら、思わぬ現在を、そして未来を編んでいくのだった。

『まれな人』は青春の苦さを描いている点においてロロ/三浦の新境地を見せた作品だ。だが、新しい挑戦は物語の内容に限定されたものではない。今回の公演では、より広く、さまざまなかたちで演劇を届けるための取り組みとして、劇中の電話の場面をポッドキャストで先行配信する「Podcast演劇」という新しい試みも実施されていた。『まれな人』の公演終了直後にはPerforming Arts Base 2025で『オムニバス・ストーリー・プロジェクト』を披露し、5カ月連続(!)での作品上演はひと区切りとなったが、一連の取り組みとそこで見せた変化や挑戦は、ロロの今後をますます楽しみにさせるものだったと言えるだろう。三浦がテキスト・脚本を提供している舞台『TRAIN TRAIN TRAIN』(振付・演出:森山開次)や映画『トリツカレ男』(原作:いしいしんじ、監督:高橋渉)も楽しみつつ、次なるロロの展開を待ちたい。

[撮影:石神俊大]

読了日:2025/09/25(木)