会期:2025/09/13~2025/10/05
会場:金柑画廊[東京都]
公式サイト:https://kinkangallery.com/exhibitions/4299/

目黒・金柑画廊でアニメーション作家の土屋萌児の個展「“Hoichi”途中経過点」展が開催された。『Hoichi』とは土屋が2011年から手がける、「耳なし芳一」を題材としたアニメーション作品である。土屋は本作において盲目の楽器演奏者である芳一が奏でる音や語りを、切り絵とドローイングを混在させたアニメーションで表現している。

2014年頃、土屋のVimeoアカウントに『Hoichi』冒頭の映像がアップされて以来★1、短編アニメーションの愛好家は約10年間にわたって定期的に彼のサイトを訪れ、この作品の続報を追い続けている。2021年以降は新千歳空港国際アニメーション映画祭や文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業で、その制作過程を窺うことができたが未だ完成には至っていないようだ。そうした作品の、最新の「途中経過」を公開する展示である。

『Hoichi』の完成が待ち望まれるのは、土屋がEテレの番組やミュージックビデオを手がける人気のアニメーション作家だからというだけではない。本作は音や言葉、ひいては耳や目といった、表現や身体における根源的な要素をアニメーションという方法で物語ることに挑み、冒頭映像はそのこと自体を予告するかに見える。たとえば芳一が鳴らす琵琶の音は空気を振動させ、空間をひび割らせることを視覚化するほか、音の旋律は拡張する円として表わされる。芳一が琵琶を奏でると円は音に合わせて広がっていき、彼らのいる空間を異なる質感へと変容させる。音や音色が世界観を有し、観客を現実とは異なる世界に連れていく力を持つことが伝わってくる。そうした表現論的な解釈もあり、土屋特有のアニメーション技法とも関わる本作の完成には大きな期待を寄せてしまう。


土屋萌児「“Hoichi”途中経過点」展にて[筆者撮影]

展示会場の壁には横に長く、2メートルほどありそうな構想メモが貼られていた。そこには音を表わす円について、次のような記述がある。

「なぜ芳一が弾くと風景がせまってくるのか. それは音の波動が風景になってやってくるからだ.」
「波動は波紋だ. 波紋は円だ. 芳一は音から形を思い描がける共感かく者 そして形を音にのせられる」★2

主人公の琵琶法師による音と語りを視覚化するための構想が窺える。会場には額装された立体原画のほか、ハガキ大サイズほどの原画が積み上げられ、それらやラフスケッチを自由に閲覧することができた。また会場の中心にはプロジェクターが置かれ、『Hoichi』の冒頭映像、ビデオコンテ、メイキング映像が上映されていた。

本作に関する制作記録を読むと★3、本編では「耳なし芳一」という物語が持つ特殊な構造にも挑むようである。それは目に見えるものと見えないものに関わるテーマで、とくに目が見えない芳一、目に見えない亡霊、ものを見えなくさせる文字を書くことができる和尚という三者の関係性を描いていくようだ。

個人制作アニメーションという領域において、私たちはユーリ・ノルシュテインの『外套』の完成を1981年からすでに44年間ものあいだ待っている。『外套』も『Hoichi』も部分的に公開された箇所だけでも、アニメーション表現を前進させる革新性を持っている。続きを待つのみならず、彼らが先行して見せてくれた断片を糧にアニメーション表現の可能性を検討していきたい。

鑑賞日:2025/10/04(土)

★1──『Prologue of Hoichi』(2014/03/21)https://vimeo.com/89707543
★2──「波動」および「波紋」と記した箇所の「波」は、実際には氵(さんずい)に巛の文字で書かれている。また、「紋」は「文」と書かれている。そのほか、引用にあたっては原文にある改行を削除した。
★3──文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業「初回面談レポート#3:土屋萌児」https://creators.j-mediaarts.bunka.go.jp/reports/7585