モエレ沼公園ではグランドオープン20周年記念の協賛事業として、2025年10月21日から29日まで、渡部睦子の個展「『星見るひとたちと出会う旅』in 札幌」(主催:さっぽろ天神山アートスタジオ)を開催した。本展は、この夏、渡部が北海道の白老町で二つのプロジェクトに参加し、滞在制作した作品を再構成し、当公園で撮影した新作を追加して開催したものだ。
本稿では、白老からはじまり札幌・モエレ沼公園に至るまで、渡部のひと連なりの旅の過程で紡がれていった作品をたどっていきたい。

「『星見るひとたちと出会う旅』in 札幌」上映作品より[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]
渡部睦子は愛知県生まれ、オランダ・アムステルダムを拠点に活躍するアーティストだ。ローカルのコミュニケーションを大切にし、衣・食・住をテーマにしたアートプロジェクトを世界各地で展開。土地の技術や記憶を取り入れた作品は、美術館から公共空間まで国内外で発表されている。北海道・白老町での滞在でも土地の人々と交流し、共に手を動かす制作プロセスを重視し、コミュニケーションの場を生み出しながら制作を行なった。
白老町での二つのプロジェクト
白老町の人口は約14,700人。北海道の南、太平洋に面した海のまちで、東西に細長く伸びている。面積の75%は森林で覆われ、その大部分が国有林で支笏洞爺国立公園となっている。長くアイヌの人々が住んできた土地で、2020年にはウポポイ(民族共生象徴空間)が開館したことでも知られる。毎年開催される現代アートのイベントも根付いており、アイヌの伝統的な文化とともに新鮮なアートの息吹が感じられる町でもある。
この白老でのひとつ目の舞台は7月から8月にかけて開催された「SHIRAOI Beach&海の家」(主催:一般社団法人SHIRAOI PROJECTS)だ。普段は使えない港の海岸を会場に“海の家”を模したコンテナハウスが設けられ、磯遊びやSUP、ビーチスポーツなどが楽しめるエリアができた。子どもたちの歓声が響き、ゆったりとした空気が流れるその一角に渡部が制作したのが、船や家を連想させるインスタレーションだ。

「『星見るひとたちと出会う旅』in 白老」[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]

「『星見るひとたちと出会う旅』in 白老」[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]
2階建ての大きな足場を組み上げた空間は、秘密基地のような親密な空気を持ち、リラックスした表情で人々を迎え入れる。1階部分にはハンモックが吊り下げられ、そこここにカラフルな海からの漂流物が並ぶ。訪れた人たちは階段を上ると、地上から見るのとは少し異なる広やかな視点でその場を眺めることができる。「船」の最も高い位置に張られたネットは、かつて縄文海進の時代に上昇した海面をイメージしているという。『空を編む―低い土地から』は渡部の作品集の日本語タイトルだが、このインスタレーションはまさに海抜0mの低い土地から空の間に架けられた階段であり、かつ、来訪者に柔らかな居場所を提供する。

2024年、渡部が白老でワークショップをした際に参加者と編み上げたハンモック[提供:一般社団法人SHIRAOI PROJECTS]

ワークショップの様子[©Chikako Watanabe, 2025]
渡部は白老町に約3週間滞在した。その間、地元の人々と交流しながら土地に残る技術や記憶を教えてもらい、また自身がかつてオランダの漁師から学んだ魚網の編み方を伝える《サバイバル・ネット》のワークショップを開催するなど丁寧に交流を重ねた。
《サバイバル・ネット》は2000年から続けているプロジェクトで、衣服として着られて、魚が捕れ、かつハンモックにして寝ることもできる「衣・食・住」を表現する彼女のライフワークともいえる作品だ。
また、滞在期間中には、海辺で拾った漂流物、地元の漁師から借りたガラスの浮き玉などの古い漁具、地元の素材である根曲竹などを使って、筏(いかだ)のようでもあり、ソリのようでもある水陸両用の浮かぶオブジェを制作した。海に生きた先人たちの漁や交易、航海の労苦について思いを馳せ、その実践のひとつとして制作されたこの「筏」は、会期中に実施された渡部のパフォーマンスで使用され、今回の作品のなかでも重要な役割を果たすツールとなった。

[©Chikako Watanabe, 2025]
9月からは「ルーツ&アーツしらおい2025」で滞在制作の成果展示をするため、同じ白老町のなかでも街中のエリアに移動。船のインスタレーションは大きな空き地に。またたび文庫という小さな書店の一角では、この展示会場をイメージして編んだ網や白老町を舞台にした映像作品を上映した。こうして少しずつ「そこにあるものや土地に残る記憶」は作品として融合し、海から町へ、そして北上して山へと移動していくこととなった。
「山」とはそう、モエレ沼公園だ。
三つ目の舞台、モエレ沼公園

展覧会場の様子[Photo: Yoshisato Komaki 提供:さっぽろ天神山アートスタジオ]

展覧会場の様子[Photo: Yoshisato Komaki 提供:さっぽろ天神山アートスタジオ]

展覧会場の様子[Photo: Yoshisato Komaki 提供:さっぽろ天神山アートスタジオ]
モエレ沼公園会場では四つの映像作品と、白老で制作された「船」よりふた回りほど小さいやぐら状に組まれた空間を中心に構成し展示を行なった。会場に入ると、暗闇のなか、丸く切り抜かれたいくつかの映像が目に入る。馬頭琴の音や水の湧き出る音、どこかの民族を想起させる伸びやかな歌声、そしてアイヌの子守歌が響く。中央に置かれた「船」は、中に入って寝そべることもできる。漂流物でつくられた小さな光。心地よい暗がりに広がる、丸くつながる世界。床に繰り返し映し出されるのは白老のカルデラ湖、倶多楽湖(くったらこ)だ。その日本一丸いかたちが特徴で、流入・流出する川がなく、青く透き通っている。その伏流水は大地に滲出し、湧水となる。時折鮭の遡上が映し出される。白老では秋になると海から川へと懸命に上る鮭を見ることができる。命を懸けて故郷へ戻り、死んでいく。その自然と生命の循環が映像を通して詩的に表現される。白老を舞台に撮影された映像作品だが、北海道という地域に特定されづらい、どこか遠く、物語のような世界を想像させる。

「『星見るひとたちと出会う旅』in 白老」上映作品より[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]

「『星見るひとたちと出会う旅』in 白老」上映作品より 上:川辺ゆか/下:MAMIUMU[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]
星を見るひとたち
会場の導入部には、作者が北海道に来るきっかけとなった《NUM》という映像作品が展示された。本作はロシアのサレハルド、ナリヤン・マールで開催された巡回展「New Land on The Old Ground」に出品された。ロシアの少数民族ネネツのトナカイとの遊牧生活を空中から追った映像を中心に、ネネツの子守歌やオブジェなどネネツキー博物館が所有する2万点のコレクションから作家が選択した資料や、作家自身がオランダで撮影した映像・音を編集し、ひとつの映像作品として編み上げている。
「NUM(ヌム)」はネネツの最高神の名称で「北極星は天空の神ヌムの目」という詩があるという。ネネツは星の中心で動かない北極星を道標に移動する。円窓から覗いたように丸く切り取られた映像は、他者の視点を感じさせる。それは作家の住むオランダの干拓地から、遠く北極圏へと飛んでいく渡り鳥の視点であり、遠くから覗き見る私たちの視点であり、星空から地上を見下ろすヌムの視点でもあるだろう。

《NUM》(2021, Still of the video)[Photo: Sergei Ladykin ©Chikako Watanabe]

《NUM》(2021, Still of the video)[©Chikako Watanabe]
タイトルこそ異なるが本作品には「星見るひとたちと出会う旅」シリーズと通底するテーマが含まれている。同シリーズは、2019年、大阪、兵庫にまたがる能勢妙見山でのリサーチからはじまっており、北極星信仰がテーマになっているという。北極星は、古代より北半球に住む人々──航海者や遊牧民にとって重要な指標であり、多くの伝説が存在する。アイヌにもまた、北極星にまつわる伝承がある。渡部はこのシリーズを通じ、さまざまな土地のポラリス(北極星)にまつわる物語を探求しているのだという。
コロナ禍の影響で、実際に北極圏内に位置する現地に行くことは叶わず、すべてオンラインで制作された本作だが、さらには展覧会オープン直後の2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻がはじまり、プロジェクトはここで中断となったという。しかし、これが日本の北、北海道へと新たな関心を抱くきっかけとなった。2023年、同プロジェクトに参加したキュレーターのイリーナ・ライファーとアーティストのシンディー・モーマンとともに、北海道へとリサーチに訪れることになる。滞在中は札幌のレジデンス施設であるさっぽろ天神山アートスタジオに滞在し、北海道をめぐった。そのなかで白老町との縁ができ、また、モエレ沼公園での展示に繋がった。
渡部もまた、北極星を道標にここまでやってきたのかもしれない。

白老の海辺で作品の素材集めをする渡部[写真提供:一般社団法人SHIRAOI PROJECTS]
一筆書きで大地をなぞる
今回の旅の終わりに、モエレ沼公園を舞台にした映像作品が作られた。プレイマウンテンは高さ30mの小高い人工の山。基本設計を手掛けたイサム・ノグチが20代の終わりに「大地を使って彫刻作品を作りたい」と考えた案のひとつがこの公園で実現されたものである。一本道のスロープ、そしてその反対側には石段が続く、遺跡のようなフォルムの山。夜明け前のほの暗い光のなかに白い道が映る。ノグチの描いた大地の形をなぞるように渡部が「筏」を引きながら登って、下りていく。
ネネツのトナカイとソリは白老では馬とソリとなり、そして海上では人と舟の関係となる──古くから人類の生活と深くかかわる乗り物のメタファーとして、渡部は今回の作品で何度もこの「筏」を曳き、海に乗り出し、山を登った。

「『星見るひとたちと出会う旅』in 札幌」上映作品より[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]
この映像は展覧会開幕の5日前の早朝に撮影された。イサム・ノグチがこの公園に込めたコンセプトに呼応するものを付け加えたいと考え、ギリギリのタイミングで行なわれたものだ。「イサム・ノグチさんが天国で見ていたら笑ってもらえるかなと思って」と渡部は言う。「人間が傷つけた土地をアートで再生する」というノグチの思いは、渡部がこれまで手掛けてきたプロジェクトと重なる部分があり、漂流物を使ったライトなどの展示作品にも繋がった。その場にあるもの、人、文化を丹念にリサーチし、作品へと昇華させる渡部の手法はここでも活きている。

「『星見るひとたちと出会う旅』in 札幌」上映作品より[Photo: Sakae Takiya ©Chikako Watanabe, 2025]
会期中にはこの映像を上映しながらのパフォーマンスを実施した。20年以上もの間コラボレーションを行なっているサウンドパフォーマーの川辺ゆかとMAMIUMU、そして渡部本人が出演した。日が陰っていくガラスのピラミッドに響くふたりの歌、鈴やグラスハープ、ムックリの音色。古代の時間と未来を接合する特別な空間がそこに立ち現われた。渡部の「筏」をひくパフォーマンスは空間に映し出された映像とひと繋がりとなり、この上空に、そして大地に広がりを与える一種の儀式のようであった。このモエレ沼公園での作品制作の最後の1ピースを埋める大切な時間となった。

パフォーマンスの様子[筆者撮影]
旅の途中に
白老から札幌・モエレ沼公園へと続いた旅はここでいったん小休止となる。旅の道中で出会った多くの人々、語らった時間が最終的に映像として、作品として編み上げられた。短い会期中には渡部に、そして彼女の作品に会いに、白老から多くの人々が訪れた。
人と人が繋がり、柔らかな場を生み出すこと。そして地理学的な好奇心と共に、土地について学び、文化を知り、何らかの使命を持った乗り物とともに地形をたどること。渡部が今回の滞在で行なったこれらの行為は、人々が移動をしながら暮らしていくということ、その本来の営みに含まれる喜びのありかを我々に教えてくれる。

「ルーツ&アーツしらおい2025」展示最終日の様子[©Chikako Watanabe, 2025]
参考資料
・渡部睦子ウェブサイト
https://www.chikahome.nl/
・渡部睦子『NETTING AIR FROM THE LOW LAND:空を編む―低い土地から』(HeHe出版、2018)
・さっぽろ天神山アートスタジオウェブサイト
https://tenjinyamastudio.jp/event/exhibition-202510-moere-chika
https://tenjinyamastudio.jp/talk-new-town-on-the-old-ground.html
・SHIRAOI Beach&海の家
https://shiraoi-beach.com/
・ルーツ&アーツしらおい
https://www.shi-ra-oi.jp/
「星見るひとたちと出会う旅」in 札幌
会期:2025/10/21~2025/10/29
会場:モエレ沼公園(北海道札幌市東区モエレ沼公園1-1)
出演:渡部睦子、川辺ゆか、MAMIUMU
主催:さっぽろ天神山アートスタジオ
共催:公益財団法人札幌市公園緑化協会
助成:モンドリアン財団
公式サイト:https://moerenumapark.jp/20251023-2/