
会期:2025/10/04~2025/12/17
会場:パナソニック汐留美術館[東京都]
公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/25/251004/
20世紀のデザイン史を考察するうえで、本展は大変示唆に富んだ内容であった。20世紀初頭に欧州ではモダンデザインへと至るさまざまな運動や潮流が沸き起こるのだが、そのうちのひとつにウィーン分離派と関連の深いウィーン工房がある。しかし、私自身、ウィーン工房についてはキーワードとして認識していただけで、正直、その詳細についてはあまりよくわかっていなかった。アーツ・アンド・クラフツ運動などを継承しているといわれるが、実は1世紀前のビーダーマイヤー時代に重要な手掛かりがあったことを本展で知ったのである。そしてビーダーマイヤー時代とは何かを把握するには、欧州の近代史を理解する必要があった。

《椅子》(1820頃)アセンバウム・コレクション Asenbaum Collection
[© Asenbaum Photo Archive]*画像写真の無断転載を禁じます
簡単にいえば、フランス革命後、ナポレオンによって革命防衛戦争が始まり、次第にそれが侵略戦争へと展開する。その戦争終結後、欧州の秩序を回復させるために開かれた国際会議(ウィーン会議)によって、19世紀初頭にウィーン体制が樹立。それは革命前の絶対王政を維持しようとする保守反動体制だった。ウィーン体制は半世紀も経たずに崩壊するのだが、デザイン史的には、ビーダーマイヤー時代とはその政治体制をまたいだ18世紀末から19世紀半ばにかけてのウィーンの生活文化や造形様式を意味する。この時代に何が起こっていたのかというと、抑圧された社会状況の下で、人々の関心が公的空間から私的空間へと移り、家庭の幸福や内面的な豊かさに価値が置かれるようになったのだ。そこで生まれたシンプルで幾何学的な形や控えめな装飾、手仕事の丁寧さなどを特徴とするビーダーマイヤー様式が、ウィーンでモダンデザインが育まれる土壌となっていく。実際にこの時代に作られた家具や日用品などの展示品を観ると、2世紀前のものとは思えないほどモダンな造形をしていて驚いた。

ヤーコブ・クラウタウワー 《ティーポット》(1802)アセンバウム・コレクション Asenbaum Collection
[© Asenbaum Photo Archive]
*画像写真の無断転載を禁じます
実はウィーン会議によって成立したドイツ連邦も、当時、ウィーン体制下にあった。そのためビーダーマイヤー様式は、次世紀に勃興するバウハウスにも少なからず影響を与えたといわれている。そうなると、欧州のモダンデザインの端緒はすべてビーダーマイヤー時代にあったのか、とさえ思えてくる。もちろん、歴史は複雑な背景が織り重なり成り立っているため、それほど単純化できる話ではないということはわかっている。では、現代に視点を移して見てみると、民主主義国家が世界の中心を占めているが、果たして人々は幸福に満ちた暮らしを送っているのだろうか。もし閉塞感を抱えた社会があるとしたら、それはかえって内面へ向かうきっかけとなり、新たな美意識や価値観を生み出す機会になり得るのかもしれない。

ウィーン磁器工房 《カップアンドソーサー》(1818)S.J.パッツル・コレクション S.J.Patzl Collection
[© Asenbaum Photo Archive, Fotografen: Brigit und Peter Kainz]
*画像写真の無断転載を禁じます
鑑賞日:2025/11/01(土)