
会期:2025/10/24~2025/12/21
会場:東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]
公式サイト:https://www.operacity.jp/ag/exh291/
ここ数年の間に柚木沙弥郎の展覧会を何度か観てきたが、いずれもその時々で異なる印象を抱いた覚えがあった。柚木は2024年に101歳の生涯を閉じたため、本展は逝去後に開かれた回顧展という位置付けになる。そのためか今回は彼の人生観や生涯を通してのメッセージのようなものが根底にあったように感じた。晩年、彼はインタビュー映像のなかで「今日も明日は昨日になる」「毎日がね、新しい今日なんだよ」など、しきりに「今日」というキーワードを語っている。遠い未来を見つめるのではなく、今日という日を大切にしながら生きるという姿勢を貫いてきて、結果、101年も生きた。まるで地に足を着けて生きることこそ、長生きの秘訣であるかのようだ。

ポートレート[撮影:木寺紀雄]
ただし安穏と生きてきたようで、柚木は創作活動ではさまざまな挑戦をしてきた。染色家の芹沢銈介の下で型染を学んだ後、手ぬぐいなど小幅の布を染める注染技法を広幅の布に応用することに取り組み、染色の世界を広げた。また染色から意図的に離れ、版画やガラス絵、立体造形、絵本制作など、新たな表現媒体に向き合うことも積極的に行なった。晩年はカフェやホテル、病院など商業・公共空間のために作品制作を行ない、より社会とつながる活動に身を捧げてきた。このように常に新しい分野へ己を焚き付けてきたのは、いつでも新鮮味を失わないようにするためか、あるいは慢心にならないようにするためなのか。

《幕》(1961)型染、木綿 坂本善三美術館蔵

《「DEAN & DELUCA」カフェのための作品原画》(2021)コラージュ、紙 ディーン&デルーカ蔵[撮影:奥田正治]

《『トコとグーグーとキキ』絵本原画》(2004)水彩、紙 公益財団法人 泉美術館蔵
一方、東京で生まれ育ちながら、長野、岡山、静岡で暮らした経験を併せ持ち、また岩手や島根へ頻繁に足を運んだという旅の足跡も、柚木の創作活動を豊かにしたようだ。本展ではさらにインド、パリへの旅も合わせて、彼と縁の深かった土地を紹介している。さらに亡くなる2カ月前に制作されたという最期の作品シリーズも展示されていたのだが、これがなかなか感慨深いものがあった。一見、何の変哲もない切り絵のコラージュではあるのだが、100歳を超えた作家による作品だと思うと非常に尊く映るのだ。生涯現役であり続けた作家の健やかな生き様を味わうことのできた展覧会である。
鑑賞日:2025/11/01(土)