アートやデザインの周囲にはさまざまな「技術」が密集している。そのなかでも、「制作の技術」や「キュレーションの技術」の陰に隠れて見過ごされがちなのが「展示の技術」ではないだろうか。私たちがふだん何気なく見ている展覧会を成立させているのは膨大なノウハウの蓄積だが、いわゆる「裏方仕事」としての展示技術にはこれまで十分な関心が注がれてこなかった。こうした現状に一石を投じるべく、アーティストとして、そしてインストーラーとしての豊富な経験を教育の現場に還元している𡈽方大さんに寄稿をお願いした。(artscape特別編集委員・星野太)


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1.伝達手段としての「展覧会」

私には平和というものが権力によって達成されるとは考えられない。
それは絶望的な人たちの心に充足感を与え、孤立に陥った魂に共通感覚をもたらすような、生活方式によってのみ達成されうるものなのである。
充実した人生を築き上げんがためには、われわれはできるだけ創造的に生きてゆかねばならない。そして創造することは、同時にまた伝達することでもあるはずである。
新しい社会を創造すること! これがまた芸術家の任務でもある。

ハーバート・リード『非政治的人間の政治論』★1序文より

第二次世界大戦の最中、世界が分断され暴力が溢れるなかで政治的な権力よりも芸術の創造と伝達こそが重要である、とハーバート・リードは論じていた。

創造すること、そしてそれを他者に伝えること、その手法のひとつが「展覧会」である。

2.展覧会の歴史──「陳列」と「展示」

「展覧会」という表現メディアは先史時代から続く人類の芸術的営みから見ると歴史が浅い。

現代的な形式として私たちに馴染みがあるのは約150年前から始まった「博覧会(exposition」である。その後、照明技術の発展もあり、窓のない白い壁で作品をフラットに展示する空間の「ホワイトキューブ(white cube)」が1929年に確立され、まもなく100年を迎えようとしている。

博覧会が始まった当初は、ものが溢れているなかで秩序を作り分類し並び連ねる「陳列(display)」の手法が主流だった。しかしホワイトキューブの頃には、催しとしてテーマやコンセプトをもとに空間全体で作品をひらいて示す「展示(exhibition)」という考え方が広まり、両者の概念が交差しながら多様な展覧会が生まれていった。やがてさまざまな技術革新も一因として表現が多様化し、規格外の作品が増えることで、作品をただ並べるだけでは展覧会が成立しづらくなる。そして、より柔軟で高度な展示技術が求められるようになった。

3.「展示技術」とは

「美術」や「芸術」という言葉が多様な意味とイメージを含むように、「展示」という言葉も大規模な「博覧会(exposition)」や、美術館やギャラリーなどでの「展覧会(exhibition)」、ショーケースなどの商業的な「陳列(display)」など、ものを見せる方法や規模、思想が異なっていても同じ単語として扱われている。

「展示技術」という言葉は辞書にはないが、筆者は主に「展覧会(exhibition)」で作品を見せるために必要な技術として、下記のように定義をしている。

・展示技術とは時間や空間、重力、素材強度、法律、予算、コンセプトなどさまざまな条件や制約のなかで理想的な展示プランとすり合わせながら安全で最善な方法で作品を設置し、展示後には現状復帰して撤去するための技術。

・さまざまな職能を持った人たちとの共同作業と協力関係のうえで成立する総合的な技術。制作から展示、アーカイブまですべて。

一言で言うと「作品を安心安全に鑑賞できる環境をつくる技術」である。

アーティスト、キュレーター、アーキビスト、コーディネーター、インストーラー、レジストラーなど展覧会に関わるすべての人に必要となってくる技術である。ただし、すべての人がすべての技術を完全に習得する必要はない。人にはそれぞれ向き不向きがあり、人生は有限で限られた時間のなかで取捨選択が必要である。各々に必要な技術を習得するか、技術を持っている人達とチームを組んだり、パートナーシップを結んだりすることで表現を拡張するというのは美術の特性でもある。

4.教育現場での展示技術に関する取り組み

日本国内の美術大学・芸術大学では、油画、日本画、彫刻など素材によって専攻が分かれていた。しかし現在では、従来の専攻の枠に収まらない表現が増加し、時代の変化に応じて学科の新設や再編が進み領域横断的な表現を扱う専攻が数多く設立した。

2025年度の各大学のシラバスで「展示技術」を検索すると、8校で15科目★2が確認できる。また、記載がなくとも展示技術やそれに関連する知識・実技を扱う授業を開講する大学は少なくない。インストーラーや展示技術者、美術運送などの専門家を招いた集中講義やレクチャーも各大学で開催されている。

インスタレーションやメディアアート、パフォーマンス、プロジェクト型作品など、表現の多様化に伴い、展示方法はこれまで以上に複雑で表現に直結するようになったため、陳列していた時代とは異なるトラブルが多く発生するようになっていった。どのように展示を行なうことで齟齬なく表現を伝えることができるのか、作品と展示空間、鑑賞者の安全をどのようにして確保するのかが教育現場で重要な課題となってきている。

筆者が以前勤めていた秋田公立美術大学では全学年全専攻合同のインストールワークショップ★3を2018年から2021年まで4回開催し、絵画や立体、映像の基礎的な展示方法や梱包などを授業後に5日間かけて実施していた。卒業制作展を迎える前に基礎的な知識と技術を身につけることでスムーズに開催できるようにするという目的である。

インストールワークショップ2021─展示・設営、安全管理の講習会─

5.展示技術の習得方法

展示技術を身につける方法はさまざまにあるが、観察と検証が重要である。

多様な展覧会を鑑賞することで展示構成の流れ、作品の見せ方、伝え方のノウハウに触れ、新しいアイディアを得ることができる。画期的な部分は参考にし、上手くいっていない部分は改善して取り入れるということを繰り返すことで展示技術の精度を上げることができる。

また自身の拠点や展示会場付近のホームセンターなどの素材を扱っている店舗を把握し定期的に通って品揃えを確認するということも重要である。取り扱い商品の確認、単価の確認、新製品の確認などをすると新しいアイディアが生まれたり、スムーズに制作や造作などが可能となる。

筆者自身はどのようにして展示技術を身に付けたのかというと、学生時代に美術運送のアルバイトでさまざまな展覧会の設営や、アーティストのサポート、学生時代と卒業後にアーティスト・ラン・スペース★4を運営し自主企画展を多数開催するなどのなかで自然と身についていった。挑戦と失敗を経て、徐々に規模の大きな展覧会★5を企画できるようになっていった。

6.展示技術の習得、そのメリット、デメリット

「技術」というからには教育による習得が可能であるということであるが、メリットとデメリットがある。

メリットとしては作品の細部まで自分自身でコントロールできる。規模や構成を拡張できる。時間とコストの見通しを立て、他の専門性をもつ人と協働できるようになることである。一方で、デメリットとしては、素材や道具の研究には時間がかかり、各種免許取得やストック維持にも費用が必要となる。精度や強度を計算しすぎるあまり、自由な発想が抑制されることもある。

重要なのは、どこまでの技術を自分の専門領域とするか、どこまでの責任をもつのかを明確にすることである。技術をもたない場合でも、その存在を認識し、必要に応じて信頼できるパートナーを見つけて協働することで表現可能である。また、展示技術はあくまで手段であり、外側だけ取り繕っていても展示や作品の強度がなければ意味がなく、時間や予算、手間をかければ、良い展示や作品ができるわけでもない。クリティカルなアプローチをできるかが重要であり、その方法を模索するためには知識と技術が必要となる。

7.展示技術の教育的展望

展示技術が今後どのように教育と関わり、共有知化と伝達をしていくか。その可能性として思いつくものが下記になる。

◯学会設立

キュレーションやコーディネート、アーカイブ、アーキテクトにはそれぞれ専門的な学会があり、学術的に確立している。ところが、展示技術に関しては現状そういった集まりは見られず、ノウハウを共有するのが各地域での口伝になっている側面が強い。専門家が集まり、作品設置や照明、什器などに関する技術共有や情報交換を行ない、書籍化していく学会的な集まりが展示技術についてもあるのが望ましい。

筆者が今年度から参加している多摩美術大学での「仮設と検証」のプロジェクトは思想と取り組みとしては近しい。


仮設と検証」ウェブサイト

◯科目設立

現在は集中講義やレクチャー、ワークショップなどで展示技術を教えている。今後、美術大学や芸術大学で展示技術がより求められることがあれば、近い将来には展示技術に特化した授業科目が各大学に設置される可能性もある。

◯技術大会種目への参入

少し飛躍するが、展示技術が技能として社会的に認知され、職業としてより普及していった先に「技能五輪全国大会」などの種目に展示技術や美術施工が追加されることもあるかもしれない。

8.まとめ

展示技術は単なる施工技術ではない。ハーバート・リードが言うように、平和や充実した人生をおくるために創造すること、そしてそれを他者に伝えることである。

これからも展覧会を通して、さまざまな表現や試みが生まれ、広がっていくことを期待している。

どうぞ、ご安全に。
そして、創造と伝達を。

 

★1──ハーバート・リード『非政治的人間の政治論』増野正衛、山内邦臣訳、法政大学出版局、1970

★2──美術・芸術大学のシラバスを調査し、「展示技術」について触れているかどうかを以下にまとめた。
東京藝術大学:「メディアアート・プログラミングⅠ」、「企画展示論」、「複合表現演習Ⅱ 集中講義」
京都市立芸術大学:なし
愛知県立芸術大学:なし
金沢美術工芸大学:なし
沖縄県立芸術大学:なし
秋田公立美術大学:なし
情報科学芸術大学院大学 [IAMAS]:なし
武蔵野美術大学:なし
多摩美術大学:なし
東京造形大学:「写真AI」、「ディストリビュート演習」
女子美術大学:なし
京都芸術大学:「アートプロデュース入門演習1」、「アートプロデュース入門演習2」
京都精華大学:「アカデミックスキル4 (カートゥーン)」
成安造形芸術大学:なし
嵯峨美術大学:「美術特論C」
大阪芸術大学:「博物館展示論」
神戸芸術工科大学:なし
東北芸術工科大学:「美術と実践力1」、「アート展示概論」
名古屋芸術大学:「博物館実習Ⅰ」、「デザイン演習Ⅱ-1」、「デザイン実技Ⅲ-4」
名古屋造形芸術大学:なし

★3──インストールワークショップにおける各年のテーマはつぎの通り。2018年「壁立て」、2019年「可動壁」、2020年および2021年「展示・設営、安全管理」。

★4──筆者が関わったスペースは以下の通り。
・2008~2010年「こんせんと。」(現在のピザハット金沢小立野店
・2011~2017年「問屋まちスタジオ」(2017~2020年は金沢アートグミが運営し現在は閉鎖)[参考のタイムラプス動画:「120728-0729_問屋まちスタジオ改装」2017/06/26、URL=https://youtu.be/b60Y8fidGbU?si=UGUOXbXKYasmVfro
・2018年「芸宿」(筆者は移転のみ手伝い)[参考のタイムラプス動画:「180521 0605 芸宿壁たて SONY short」2018/06/03、URL=https://youtu.be/Ulg1oBsQZr4?si=BjmlZkorrPwYgNjM/参考のワークショップ:「新芸宿オープンプレイベントvol.2『𡈽方大の遠隔!?壁立てワークショップ』」2018/05/21~05/31、URL=https://www.facebook.com/events/2059882520707306/2059882527373972/

★5──筆者が関わった展覧会・プロジェクトとクレジットは以下の通り。
・2014年「虹の麓 -反射するプロセス-」展(企画、出品)
・2016~2017年「クロニクル、クロニクル!」展(ディレクター)
・2017~2022年「向三軒両隣」(ディレクター)
・2019年「タイムライン──時間に触れるためのいくつかの方法」展(企画、出品)

仮設と検証─展覧会設営の為の展覧会─搬入計画編
会期:2025年6月26日(木)- 7月12日(土)
会場:多摩美術大学八王子キャンパス アートテーク・ギャラリー101
プロジェクトメンバー:ADi、尾形達、小滝タケル、木村剛士、高木謙造、𡈽方大、宮路雅行(※五十音順)
協力:田遠裕太
賛助:瀬戸市新世紀工芸館 タキヤ株式会社
公式サイト:https://docs.google.com/spreadsheets/d/1pUatm9msxhxNkoxmu7PhlkMayn9zfz9is62K3bjtstc/edit?hl=ja&gid=69467805#gid=69467805