発行所:Dia Art Foundation
発行日:2011/01/18
公式サイト:https://shop.diaart.org/product/zoe-leonard-you-see-i-am-here-after-all/55

アメリカ人アーティスト、Zoe Leonardがニューヨーク郊外のディア・ビーコンで2008〜2011年にかけて発表した作品集 You see I am here after all は、カナダとアメリカの国境をまたぐナイアガラの滝という風景のイメージを通した、集団的記憶と大衆消費の関係を探るインスタレーションである。モノグラフとして刊行された本書は、ゾーイが展示に際して蒐集した数千枚の写真絵葉書を収め、複製技術と風景の複合的な関係性を視覚的なタイポロジーとして提示している。


Zoe Leonard, You see I am here after all[筆者撮影]

1900年代初頭から1950年代にかけて発行された古絵葉書は、ナイアガラ内の特定の場所★1や、絵葉書の構図、パースペクティブに合わせて分類学的にグリッド上に並置されている。半世紀にわたってイメージとして反復し続けることで、ステレオタイプ化・モチーフ化される自然風景を象徴するこの作品群は、さまざまな印刷手法で紙に刷られながらも、滝のイメージとしての均一性と、色彩や質感の微細なバリエーションをともに示唆する。

このイメージの反復は、ナイアガラの滝が社会において持つ意味合いの変遷を視覚的に浮かび上がらせる。本書に収録されているAnn Reynoldsのテキストによると、1900年代の「観光と冒険」の象徴から、1950年代後半の「ロマンスとハネムーンの象徴」へという変遷は、滝自体が御神体のような母性を寛容的に育む対象として信仰されることで、従属的な身体として扱われるセクシュアリティとフェミニズム的な問題に結びついたという★2。一枚一枚のファウンドオブジェとしての写真をタイポロジカルに集積させる視点からは、シミュラークルによって捉えられた環境と、消費社会における風景の客体化がうかがえる。記念碑的なイメージの解体を通して、作品はナイアガラの滝という場所そのものではなく、このイメージの周囲にある状況を捉えるよう機能していると言えるだろう。

作家は、長い尺度で蒐集された古写真を伴う実践──時間をかけて観察された作品の制作──を継続している。モチーフごとに整理された写真群は、イメージが受容されてきた歴史に応じて、連続した地平としてグリッド状に配置される。この視線の集積は、写真の複製技術と印刷手法を流用することで、時代をうつす表象的なカタログとしての機能を再構築している。視線の集積についてLeonardは、「鑑賞者と鑑賞対象」との間の交流であると述べ、認識の脱構築としての観察的フェミニズムというあり方を提示する。彼女の空間への介入は、存在しなかった結びつきを空間に与えるところに成立している。

 

★1──ナイアガラの代表的な観光名所として、カナダ側のホースシュー滝とブライダルベール滝、アメリカ側のテーブルロックが挙げられる。
★2──Ann Reynolds “CURVING INTO A STRAIGHT LINE”, Zoe Leonard, You see I am here after all, Yale university Press, pp.154-174.

執筆日:2025/11/14(金)