会期:2025/10/07~2025/12/07
会場:京都国立近代美術館[京都府]
公式サイト:https://www.momak.go.jp/Japanese/curatorialstudiesarchive/16.html

京都国立近代美術館で荒木悠の個展「Reorienting ―100年前に海を渡った作家たちと―」が開催されている。本展はアーティスト・映画監督である荒木悠を軸に、彼と同様に日本とアメリカの両国で暮らした作家たち、国吉康雄、石垣栄太郎、野田英夫にも焦点を当てている。荒木の作品4点や彼の家族写真に加えて、京都国立近代美術館のコレクションから国吉、石垣、野田の絵画、また彼らが活動した時代に関連してアルフレッド・スティーグリッツやドロシア・ラングの写真などが展覧されていた。

100年前にあたる1925年は、1918年における第一次世界大戦の終戦と1929年に始まる世界大恐慌の間に位置する。この時期は戦争や労働問題、飢餓、貧困といった課題を抱え、著しく不安定な世界情勢だったといえる。展覧されている作品はそうした世相を感じさせるとともに、国や個人における出来事の多面性と、その捉え直しを促してくる。たとえば展示の初めに位置するスティーグリッツの《三等船室》は、船の構造と社会的階層の一致を示すとともに、長らくアメリカへの移民者の姿を捉えたものとされてきた。しかし近年はアメリカからヨーロッパへ向かう船を撮影したと見られることから、入国拒否を受けて別の場所へと向かう、アメリカの移民になれなかった人々を写したものと考えられている。

またスティーグリッツが撮影した《泉》と、その出品拒否をめぐるマルセル・デュシャンによる寄稿を掲載した雑誌『ザ・ブラインド・マン』の2号(1917年5月)が展示されている。《泉》をめぐって美術史に刻まれる展覧会となった第1回独立美術家協会展は、日系移民にも開かれたアンデパンダン展であり、国吉が初めて自分の絵画を公の場に出した画壇デビューの展覧会でもあったという。さらにその近くには2000年に撮影された、15歳の荒木を写す家族写真がある。それはワシントンDCの海兵隊戦争記念碑を背にした、一般的な家族旅行の記念写真に見える。しかし荒木にとっては台座に刻まれた「米国が参加した戦争リスト」の下に、まだリストを追加する余白が設けられていることに戦慄した記憶に紐づくものと位置付けられている。このように展覧会の構成と会場ステートメント、リーフレットをふまえながら観ていくと、個々の作品を捉え直す視点が浮かび上がってくる。それは荒木悠という作家の基調ともいえる見立ての態度──本展の映像モニターに「ナショナル」のブラウン管テレビを選んだり、「Made in Occupied Japan」と刻印された陶器の犬を買い集める行ないを「保護犬活動」と呼んだりする──にも関わるものだろう。


「キュレトリアル・スタディズ16:荒木悠 Reorienting ―100年前に海を渡った作家たちと―」展会場風景[筆者撮影]

今回、新作として出品された《南蛮諜影録》(英題:Sad Paradise)について述べたい。本作は荒木が2024年と2025年に滞在したリスボンで撮影した映像を用いた22分ほどの映像作品である。全編を通してスパイを名乗る主人公のモノローグで進行し、1942年のリスボンを舞台とするスパイ活動について語られていく。しかしながら映像は明らかに近年撮影されたもので、スマートフォンを掲げる観光客の姿も映り込んでいる。荒木の知人と見られる男性をスパイ仲間として紹介するなど、動物の心情を勝手にアテレコする映像のようにドキュメント映像をフィクショナルに構成している。

第二次世界大戦中、交通の中継地となった港町のリスボンでは実際にスパイが暗躍していたという。土地の歴史に言及しながら、表向きと裏向きの二重生活者であり、外見からは判断できないスパイという存在、そして映像に後付けされる「語り」の不確かさを扱っている。また荒木は本作のモノローグをAIとともに制作し、膨大なやり取りを重ねることで最終的な文言が作家とAIのどちらが発案したものかわからない状態になっているという。導き手や歴史の作り手、そして責任の所在の不明瞭さが、スパイという存在につきまとう不安定な情勢の幕として機能している。

本作の対面側の壁には、アメリカ共産党の協力者としてのスパイ容疑があった野田の絵画を配置したという。冬の街並みを描いた《風景》と題する絵の画面の隅には、描きかけにも見える人物の姿がアウトラインだけで曖昧に示されている。戦時下におけるアーティストは国境を越える活動が不自然でないことを理由に、スパイとして利用されることがたびたびあった。それが本人の意思に基づくものか、家族を人質に取られたためかといった考証は結論にたどりつくことがない。荒木によるスパイごっこや見立ての提起が、鷹揚に受容される世界が常にあることを願う。

鑑賞日:2025/10/19(日)

参考資料
・「キュレトリアル・スタディズ16:荒木悠 Reorienting —100年前に海を渡った作家たちと—」Instagram Live、2025/11/08