公開日:2025/05/14
アーティスト:星野源
監督:岡本太玖斗
岡本太玖斗(グラフィックデザイナー/映像ディレクター)は、ここ数年旺盛な活動を展開している若手クリエイターの一人だ。彼の手がけるミュージックビデオ(MV)を徴づけているのは、レイアウトによる画面の統御である。そのもっともわかりやすい例は、Mashinomi feat. パソコン音楽クラブ「ELECTRONIC FREEEEE!!!」のMVだろう。同作は画面を横切る曲のランニングタイムやテキスト情報と、中央で直立しハンドダンスを行なうMashinomiが十字型を作り出し、その水平と垂直の求心力によって成立している映像だ。構成そのものをコンセプトに繰り上げるこの判断は、岡本の出自がグラフィックデザインにあることの証左となっている。
しかしこの事実をより深掘りして考えるためには、彼のリリックビデオを取り上げたほうが良いだろう。なぜならリリックビデオは歌詞を映像内で提示するため、グラフィックデザインの基本的な構成要素であるタイポグラフィに関する美学が表出しやすい表現だからである。
Mashinomi / ELECTRONIC FREEEEE!!! feat. パソコン音楽クラブ (Music Video)
2000年代後半以降、YouTubeやニコニコ動画などの動画プラットフォームのなかで発展、定着してきたリリックビデオの形式を、岡本はしばしば採用している。2023年に浦上想起「遠ざかる犬」のMVを発表して以降映像の仕事が増えていった感のある岡本の仕事において、同作で部分的に試みられていたリリックビデオ的な要素はその後も洗練を見せ、今年5月に公開された星野源「Star」MVでひとつの到達点に達することになった。
屋外や建物内で星野が歌いながら、それに応じて歌詞がレイアウトされていく同MVであるが、それはどのような特徴として言語化できるだろうか。あらかじめ比較対象として見ておきたい岡本の手によるものではない作品として、2013年に発表されたHaKU「everything but the love」のMVについて確認しよう。モーショングラフィックスを得意とする井口皓太と、グラフィックデザインを中心に活動する大原大次郎がタッグを組んだこの作品は、大原の唯一無二の文字表現が3次元的に展開するMVだ。同作はサビ前に壁のように立ちはだかる「蹴散らせ!」というタイポグラフィの平面性が、文字通り蹴散らされた瞬間、向こう側に広がった空間にライドする感覚と、造形的に処理された歌詞が一挙に押し寄せてくる、そんなカタルシスに溢れた映像作品となっている。
HaKU「everything but the love」MV (@HaKU_music) #HaKU
しかし、岡本による「Star」では文字それ自体にモーションがつけられるのは全体の半分以下であり、残りは無造作に空けられた文字間と構築的な文字組が、歌に合わせて表示されるスタイルになっている。アニメーションがつけられる場合も、文字は長体や平体に変化したり、その場で回転したりと、空間的な奥行きはほとんど排除されている。さらに付け加えるならば、文字の縦横への移動も抑制的で、リリックビデオ特有のタイポグラフィが流れていく快感とは別種の論理が働いている。つまり岡本の「Star」MVでは「everything but the love」MVが追求するような〈動き〉とそれに伴なう〈空間〉のダイナミズムとは異なるアプローチがなされていると区別できるだろう。
ではその美学はなにに由来しているのか。それはグラフィックデザインに他ならない。岡本のMVにおける文字組の特徴は、一見アンバランスな構成と、文字と文字の間隔である。これはライター/ネットワーカーのばるぼらも指摘するように、仲條正義を主要な参照点として2000年代に入って以降、菊地敦己や服部一成らによって本格的に展開されたものでもある。服部に関しては岡本自身もその影響を認めており★1、「Star」MVでは歌詞に登場する「月」や、曲名である「Star」などがラフな描線で描かれていることが両者の関連性を想起させるだろう。
星野源 – Star [Official Video](0:23)より
(後編へ)
★1──岡本は2025年9月27日に行なわれた「グラフィックデザインの窓」展におけるトークイベント「『グラフィックデザインのめ』を見返す」において服部の影響について発言した。
執筆日:2025/11/14(金)