
会期:2025/09/12〜2025/09/24
会場:新宿眼科画廊[東京都]
公式サイト:https://note.com/1zumk/n/n67d28a2a8a0c
(前編より)
ではなぜ、ドキュメンタリーによる記憶の呼び起こしが必要なのか。佐々木と杵島は次のようにイラストレーション・ドキュメンタリーの目的を説明している。
大都市と比べて、現存する資料および所有者の絶対数が少ないであろう地方の資料調査のためには、明示的に映画を愛好している人々の共同体の外部まで視野を広げ、情報提供を呼びかける必要があるはずだ。★2
こうした戦略は実際功を奏し、「見る場所を見る」の第1回成果報告展では、鳥取市にかつて存在した映画館であるシネマスポットフェイドインのフリーペーパーが来場者から提供されることとなった。
ここで、映画館やレンタルビデオショップの外観を中心に描かれるClaraのイラストにも目を向けたい。その制作は十分な資料が残っていないなか行なわれた。モノクロの記録写真から描き起こす場合、色を想像するしかなったことに最初は苦労したとClaraは語っているが、その外観に関しては写真に写っていない箇所を大胆にトリミングするという手法が取られている場合が多い。例えば1956年から1962年まで鳥取市で営業していた大森映劇を描いた作品は、左側が建物の構造とは無関係に切断されている。これは同施設の記録写真が1枚しかないため、そこに写っているものから仮定できる範囲しか描かなかったのである。
佐々木友輔、杵島和泉「イラストレーション・ドキュメンタリー──地方映画史を記述するための方法論」『「見る場所」のメディア考古学──鳥取から日本映画史を描き重ねる』小取舎、2025、19頁より
佐々木は「写ってない部分は想像力で補完して描いてください★3」と依頼したが、Claraはあえてその想像を鑑賞者に委ねることで能動性を引き出そうとしている。彼女の描く建物の外観イラストは、イラストレーションというよりもピクトグラム的なそれらは、一見するとベルント・ベッヒャーが給水塔など近代産業の遺物を撮影したようなタイポロジーも連想させるものの、Claraの類型化はそれほど徹底しているわけではない。イラストレーションにはそもそもの語源として「明るみに出す」という意味があるが、彼女の描くイラストレーションはだからこそその欠落を埋めるように私たちに働きかけ、人々の記憶に別の角度から光を当てるのである。
イラストレーション・ドキュメンタリーは、「中心と周縁」という構造とは異なるフレームで地方映画史を記述する可能性を秘めている。そしてそれは「日本のどこか」という抽象的であいまいな風景を表象したかつてのキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」にはなかった具体性を持っているはずだ。すでにプロジェクトは鳥取県外のリサーチも行なっている。メディア考古学を起点としたこの自由な実践を、今後も期待したい。
「見る場所を見る5──イラストで見る、鳥取の映画館&レンタルビデオショップ史」にて[筆者撮影]
★2──佐々木友輔、杵島和泉「イラストレーション・ドキュメンタリー──地方映画史を記述するための方法論」『「見る場所」のメディア考古学──鳥取から日本映画史を描き重ねる』小取舎、2025、58頁。
★3──かつしかけいた、Clara、杵島和泉、佐々木友輔「イラストレーション・ドキュメンタリーの作り手たち」同前、189頁。
参考資料
・秋山孝『イラストレーションスタディーズ──原初、絵画はすべてイラストレーションであった。』玄光社、2013
・佐々木友輔「ディスカバー・ジャパンの神話を超えて、地域映画の美学を構想する」野田邦弘ほか編著『アートがひらく地域のこれから──クリエイティビティを生かす社会へ』ミネルヴァ書房、2020、205-206頁
鑑賞日:2025/09/19(金)