会期:2025/11/15~2026/03/08
会場:世田谷文学館 [東京都]
公式サイト:https://www.setabun.or.jp/exhibition/20251115-202600308_donaldkeene.html/

現在、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルにしたNHK朝ドラ「ばけばけ」が放映中である。八雲が日本文化や文学に惹かれて来日し、帰化した最初期の西洋人だとすれば、それに続く人物はドナルド・キーンだろう。小泉八雲は、近代化が幕開けしたばかりの明治時代の日本に来ているが、ドナルド・キーンは、戦後の日本である。時代は違うが、両者とも日本をとても愛し、日本人よりも日本文化や文学に造詣の深かった人物として共通している。本展はそんなドナルド・キーンの偉業や人柄を伝える内容であったが、来日までの経歴が非常にユニークだったため、ここにぜひ紹介したい。そもそも彼は10代の頃にコロンビア大学で『源氏物語』の翻訳本に触れ、また日本思想史を教える講師との出会いにより、日本への関心を抱く。そして時代は第二次世界大戦に突入。米海軍日本語学校が人員募集しているのをチャンスとばかりに飛び付き、11カ月の訓練を経て日本語を習得し、海軍語学将校として捕虜の通訳などを務めたのだ。当時、米国と日本は敵国同士であったが、彼は戦争という機会を逆に利用し、憧れの日本語を身に付けたのである。なんとアイロニカルな経緯よ!

展示風景 世田谷文学館

とはいえドナルド・キーンの偉業がなかったら、これほど多くの日本文学が海外に紹介される機会はなかったかもしれないし、あるいはずいぶんと遅れたかもしれない。その点において、やはり皮肉にも戦争がもたらした作用は大きいのである。本展を観ると、ドナルド・キーンの広い交友関係や、文学のみならず能楽、茶の湯、骨董、寺院建築など幅広い分野に興味を寄せたことにとても驚かされた。彼が遺した言葉のなかで印象的だったのは、「自分は日本人ではないからこそ、これほど多くの日本文学が学べた」というものである。つまり私たち日本人は否が応でも義務教育のなかで日本文学に触れる機会があるが、その環境は半ば強制的であるため、好きになる以前に嫌々な態度となってしまうこともある。しかしドナルド・キーンは「好きで好きでたまらなかったからこそ、日本文学をもっと読みたいという気持ちが募った」というのである。好きこそ物の上手なれ、なのだ。そうした外の視点から教えられる自国の文学や文化の魅力について、私たちは謙虚に耳を傾けなければならないと痛感したのだった。

展示風景 世田谷文学館

展示風景 世田谷文学館

鑑賞日:2025/11/28(金)