太田市美術館・図書館で開催中の「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」展は、アーティスト・ユニットによって「遊び場」としての作品が展開される個展である。同時に本展は、市内小学校との連携事業の成果として、児童が制作した52点の作品も展示している。博物館法や学習指導要領で推奨されながらも、実現のハードルが高い美術館と学校の連携。当館における実践を通じて、その意義と課題を考える。(artscape編集部)

「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」

展覧会「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」(太田市美術館・図書館、以降「本展」とする)は、2025年11月22日から2026年1月18日の会期で開催された。本展は、アーティスト・ユニットの原倫太郎+原游が、螺旋構造を有する太田市美術館・図書館の建築をバベルの塔に見立て、その内部空間を想像/創造した展覧会である。

「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」入口[撮影:吉江淳]

原倫太郎+原游は、主にインスタレーション作品を制作している原倫太郎と、絵画を制作している原游によるアーティスト・ユニットだ。もともとは個別で作品を発表していたが、2015年の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で廃旅館全体を使った作品《真夏の夜の夢》を発表したことを機に、以降ユニットでの活動が多くなった。2019年の「瀬戸内国際芸術祭」からは共同制作が大半を占めるようになり、現在では制作の8割程度がユニットでの作品に関するものだという。

本展では、展示作品103点(このうち52点は市内小学生による作品。このことはのちに詳述する)のうち、ユニットの作品として大規模なインスタレーションと最初期の作品「日本昔話REMIX」シリーズ、資料14点を各展示室に配置し、これに加えて、あるいはこれの要素として、原游の絵画、原倫太郎のインスタレーションが展示されている。

原倫太郎+原游のユニットでの作品は、多くの人々が集い、作品を介してさまざまな動きが誘発される「遊び場」としての性質を持っている。原倫太郎がこうしたインスタレーション作品について「感覚を共有する場を作れたら」★1と発言しているように、巨大な双六場や、3人以上でプレイする卓球台など、そこにいる人々の動きが相互に影響し合いながら体験が生み出されていく「場」が、ユニットとしての作品の特徴だ。本展では、卓球台や双六場の作品は展示されていないが、この特徴が各展示室で通底しながら、当館の図書館を含む複合施設という性質、そして展覧会テーマである「バベルの塔」の物語との関連から、言葉を取り込んだ作品が制作、展示されている。

原游《ZUKIN-chan》(2012)/《びっくり猫》(2017)と太田市立中央小学校5年生の作品(2025)[撮影:吉江淳]

太田市美術館・図書館における学校連携事業

本展は、原倫太郎+原游の個展であるのと同時に、市内学校との連携事業を実施し、その成果もご覧いただく展覧会である。当館における学校連携事業は、地域にも太田市美術館・図書館の活動を拡げ、若い世代に一歩踏み込んでアートに親しんでもらうことを目的として2023年度から実施している。

2023年度は「どうぶつ と はなし──大曽根俊輔 乾漆彫刻展」において太田市立北の杜学園の9年生★2との連携事業を実施した。乾漆彫刻の技法で動物をモチーフにした作品を制作している大曽根俊輔(1978-)は、普段から生きた動物と対面してデッサンを繰り返すことで、立体像を形づくっていく。「描くことで、よりよく見る経験をしてもらいたい」という作家の提案により、太田市内にあるジャパン・スネークセンター(一般財団法人 日本蛇族学術研究所)に協力を仰ぎ、ヘビのボールパイソンとクサガメをモデルに迎え、生徒のみなさんにデッサンをしてもらい★3、描かれたデッサンを展覧会で展示した。作家はデッサンをしている生徒を見て回り、問いかけや助言をしながら、「見ること」を促していた。このことで、大曽根の制作にとっていかに「見ること」が大切かが多少なりとも伝わったのでは、と考える。

このような第1回目の学校連携事業を経て、1年置いた本年、「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」の一環として、第2回目の学校連携事業を実施した。初回と同様、前年度に教育委員会を通じて連携校を公募し、決定した学校が当館から徒歩15分ほどの距離にある太田市立中央小学校だ。先生や作家との打ち合わせの結果、5年生のみなさんと「太田市美術館・図書館の守り神」をテーマに、原游の「顔」シリーズの作品を制作するワークショップを行なうこととなった。

原倫太郎《ロゴスの庭》(2025)[撮影:吉江淳]

5年生のみなさんと制作した「顔」シリーズの作品は原游の代表作であり、彼女はたびたびこれを題材としたワークショップを開催している。ワークショップでは本作を「耳つき絵画」という名称で呼んでおり、通常木枠の側面や裏面に折り畳まれているキャンバスの「耳」部分を余らせ、それをさまざまに造形して、画面の表現とともに作品を顔に見立てているシリーズだ。原游は、本作におけるキャンバスのように、絵画の要素を過剰にすることで、絵画の形式を問い、その可能性を拡張させるような制作をしている。「絵画」というと、四角い木枠にキャンバスが張られ、矩形の画面に風景や人物などが描かれているというのがひとつのイメージだろうが、木枠、キャンバス、絵具という同じ絵画の要素を用いつつもキャンバスの使い方を過剰にすると、たちまちその形式的な「絵画」の姿を脱し、親しみやすい様相の顔が現われる。しかし、それでもそれは形式上、絵画であり続けるのではないか、という原游の挑戦的な試みを本ワークショップでも実践している。今回のワークショップでは、冒頭のレクチャーで絵画の形式について簡単に説明したのちに、作品を制作してもらった。どのような作品を制作するかは、下描きが夏休みの宿題とされていたため、ワークショップ当日はその下描きにそって制作が進められた。

美術館が学校と手を取ることの背景

本展および「どうぶつ と はなし──大曽根俊輔 乾漆彫刻展」で行なった学校との連携事業。近隣地域での学校連携事業★4はどうなっているか、試しに群馬県内および群馬県に隣接する埼玉県内の公立美術館における実施状況をウェブサイトでの公表情報に基づき調べてみた。すると、群馬県内では、学校の要望に応じたり、積極的に学校に呼びかけたりして連携事業を行なっているとみられる館が、公立館11館中、当館を含め5館であった★5。一方、埼玉県では公立館5館中、2館であった★6。ウェブサイトに掲載されている情報しか確認できていないため、実際には他にも学校連携事業を実施している美術館があるかもしれないが、群馬県、埼玉県においては、公立館の半数程度が連携事業を実施していると見ることができる。

このように、美術館は館内の活動にとどまらず、学校と手を取る活動を行なっているが、ではなぜ、美術館は学校と手を取るのか。

博物館法によると、その第3条「博物館の事業」の第1項に12個の具体的な事業内容が記載されており、その最後に、「学校、図書館、研究所、公民館等の教育、学術又は文化に関する諸施設と協力し、その活動を援助すること」と学校に関する記載がある。加えて、同条第3項にも「博物館は、第一項各号に掲げる事業の成果を活用するとともに、地方公共団体、学校、社会教育施設その他の関係機関及び民間団体と相互に連携を図りながら協力し、当該博物館が所在する地域における教育、学術及び文化の振興、文化観光[中略]その他の活動の推進を図り、もつて地域の活力の向上に寄与するよう努めるものとする」と記載されている。つまり、美術館を含む博物館は、学校やその他諸施設の活動を援助し、かつ連携を図りながら、地域の活力の向上に寄与することが求められているのだ。

一方、学校はどうか。平成29(2017)年告示の学習指導要領によると、小学校、中学校ともに図画工作および美術の課程において、指導上の配慮事項の箇所には、美術館、博物館等と連携を図ることがうたわれている。小学校の図画工作については「内容の取扱いと指導上の配慮事項」に「地域の美術館などの利用や連携」という項目があり、中学校の美術については「内容の取扱いと指導上の配慮事項」に「鑑賞の題材、美術館等との連携や活用」という項目がある★7。いずれも鑑賞の学習において、美術館や博物館の利用や、学芸員と教員が連携して授業を構成することが例示されている。

美術館、学校ともに両者が手を取り合い、連携することが推奨されてはいるが、すべての地域でうまく進んでいる状況ではないだろう。学校の方に目を向ければ、教育課程における移動手段や他教科の授業時間確保などの問題、加えて教員の長時間労働が問題になって久しい昨今、学校行事を減らしたり、部活動指導の負担を軽減させる措置も取られているというなかで★8、美術館に行き展覧会を見ることのハードルが高いことは想像に難くない。世田谷美術館のように、教育委員会の提案により区内全小学校4年生の「美術鑑賞教室」を毎年受け入れているケースもあるが、全国的には稀なのではないか、と思う★9

終わりに──美術館に足を運んでもらうための学校連携事業

美術館学芸員である筆者としては、子どもの時代から美術館という存在を知ってもらい、そこで何に出合えるのか、何を学べるのかを知ってもらうことで、来場する人にとって居場所の選択肢のひとつになってほしい、と考える。そのために、学校の授業時間での展覧会観覧が望まれるが、そのハードルは高い。学校側と、受け入れる美術館側、双方の体制が健全に整わなければ、持続可能な連携関係は築けないだろう。

そうしたときに、美術館への足がかりを作ることを狙い、学校連携事業において美術館側が出向き、足場を少しずつ作っている状況なのではないか、と推測する。そもそも、美術館は強制されて行く場所ではない。しかし、その存在を知らなければ、そこに行くという選択肢も生まれないのだ。子どもたちが美術館という場所を知り、そこで作品に出合ってほしい。その先は、何も関心が湧かない場合もあるし、作品の制作方法や時代背景に興味を抱く場合もあるだろう。興味を抱いたら、展覧会のギャラリートークに参加することもできるし、当館の場合は図書を開き、作品や作家、芸術という営みについて調べることもできる。ただ単に、展示室でじっと作品を眺め、ぼーっとするだけでもいいはずだ。子どもたちに限らず、多くの方々に美術館・図書館を利用していただくための方法を考えつつ、今後も事業を計画していきたい。

 

★1──本展図録のためのインタビュー(2025年7月20日)より。
★2──太田市立北の杜学園は、群馬県内初の施設一体型の義務教育学校として2021年4月に開校。前期課程(小学校段階)と後期課程(中学校段階)の児童・生徒が通学している。9年生は中学校3年生に相当。
★3──ヘビやカメをモデルにデッサンをすることについては、事前に学校に相談した。モデルの選定にあたっては、ジャパン・スネーク・センターでの下見や研究員との相談により、モデルとなる動物が大勢に取り囲まれることに耐性があるか、人間に対して安全か、描きやすい大きさか、などの観点で検討し、決定した。
★4──学校連携事業といってもさまざまである。ここでは、各館のHPに掲載されている情報から、学校に出向いてアートカードによる鑑賞会を行なうものや、アーティストを学校に派遣するものなど、館内にとどまらず学校に直接出向いて活動する「アウトリーチ」を実施している館を抽出した。
★5──群馬県内の美術館については、ぐんまミュージアムサーチ(群馬県博物館連絡協議会、URL=https://www.gunpaku.com/museum/[2025/11/26最終アクセス])により公立館を抽出した。
★6──埼玉県内の美術館については、埼玉県博物館連絡協議会の加盟館案内(URL=http://www.saihakuren.net/kameikan/ichiran/index.html[2025/11/26最終アクセス])により公立館を抽出した。
★7──『小学校学習指導要領【図画工作編】(平成29年告示)解説』文部科学省、2017、121頁/『中学校学習指導要領【美術編】(平成29年告示)解説』文部科学省、2017、135頁。
★8──「(社説)教員環境改善 法改正だけでは不十分」『朝日新聞 朝刊』2025年6月3日、10頁。
★9──『世田谷美術館年報【2023(令和5)年度】』世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)、2025、79-81頁および世田谷美術館ウェブサイト(URL=https://www.setagayaartmuseum.or.jp/classroom/[2025/12/09最終アクセス])。

「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」
会期:2025年11月22日~2026年01月18日
会場:太田市美術館・図書館(群馬県太田市東本町16番地30)
公式サイト:https://www.artmuseumlibraryota.jp/post_artmuseum/190737.html