デジタルアーカイブは、文化や芸術、学術資料をデジタル化し、保存・公開する取り組みとして広がってきました。近年ではさらに、分野を横断した活用や、知識を共有するための社会的な基盤としての役割も期待されています。一方で、作品や資料がどのような判断や試行錯誤を経て生まれ、どのように扱われてきたのかという「プロセス」は、必ずしも十分に記録されてきたとは言えません。博物館情報の組織化や芸術資料のデジタル化に長年携わってきた嘉村哲郎氏は、デジタルアーカイブを単なる成果物の集積ではなく、制作や運用の過程まで含めて捉える必要性を指摘してきました。本稿では、そうした問題意識を踏まえながら、デジタルデータの背後にある見えにくい情報をいかに記述し、価値として継承していけるのかを考察します。[artscape編集部]

はじめに

デジタルアーカイブ(以下、DA)は長らく、文化・学術を含む多様な情報資源をデジタル化し、保存と公開を通じて未来へ継承する取り組みとして発展してきた。近年はこれに加えて、分野横断の連携や情報の発見可能性の向上、さらにはコミュニティを支える知識基盤としての役割が強調されている。

その系譜を辿れば、DAは単に文化財や作品を記録する実務として始まったというより、電子図書館論が培ってきた「世界中の知識の収集とその理論的組織化、活用」という発想の延長上で概念化されたものである。この流れは、1990年代後半から2000年代初頭のICT技術の進展と情報通信基盤整備を背景とする政策など(e-Japan重点計画2002, 2004)によって大きく加速してきた。このように、情報資源の組織化と提供の論理、法・情報基盤整備といった政策的枠組みが融合することで、DAはモノをデジタル化した“データ保存箱”から、多様な文化的情報の循環を実現するための社会基盤(インフラ)として位置づけられつつある。

本稿はこの前提に立ち、筆者の先行論考が提示する価値体系「デジタルアーカイブの基盤的考察―物理的依存とデジタル価値の相互形成(デジタルデータの長期保存・活用: その理論と実践)」を踏まえ、デジタルデータの作られ方、扱われ方までを含めて情報を残す「プロセス記述」の枠組みへ議論の拡張を試みる。ここでいうプロセス記述とは、DAで作成された画像や動画、PDFなどの成果物だけでなく、データの作成から公開、活用に至るまでの経緯を後から追跡・検証できるかたちで記録する考え方である。DAの現場では、しばしば納品された成果物としてのデータだけが残り、撮影やスキャン条件、修復履歴、判断の根拠、権利状態や利用条件、データ利用歴といった過程の情報が散逸しやすい。しかし、このような過程の情報こそがデータの信頼性や再利用の可能性を支え、価値を長期的に育む基盤的な情報とならないだろうか。

本稿では、DAで見落とされやすい一連のプロセスをいかに記述し、その価値を自律させうるかを基盤的視点から考えてみたい。

先行議論の整理

本稿の議論の基礎として、筆者による先行論考の要点を整理する。同論考では、DAを単なる情報の蓄積ではなく、持続可能な社会基盤として成立させるための理論的枠組みを提示し、その中心論点としてデジタルデータの物理的実体と価値の関係に着目した。以下では、同枠組みを構成する二つの概念を順に確認する。

1. デジタルアウラ

同論考では、DAを単なる情報の蓄積ではなく、持続可能な社会基盤として成立させるための理論的枠組みを提示し、その中心的な論理としてデジタルデータが持つ物理的実体と価値の関係に着目した。その中核となる概念が「デジタルアウラ」である。ヴァルター・ベンヤミンがかつて、複製技術による芸術作品固有のアウラ(一回性や現前性)の消失を論じた。これに対し、現代のデジタル複製は原本の模倣という概念を超えて、ビット(コンピュータが扱うデータの最小単位)の塊として、デジタル変換を通じた新たな存在形態、すなわち信頼性と唯一性を再構築する形式への移行を意味している。

2. デジタルデータの二重性 ――憑依的性質と価値の自律

続いて、デジタルデータの二重性として「物理的依存」と「価値の自律性」を論じた。データは磁性体や半導体といった媒体(ハードディスクやブルーレイディスク、USBメモリなど)に実体を宿す“憑依的性質”を持ち、媒体の劣化がデータの消失に直結する制約から逃れられない。一方、そのデータの文化的・芸術的意義は媒体や物理的な保存場所に直接的に規定されることなく、インターネットを通じた公開・参照と言った相互作用、アプリケーションプログラムによる変容を通じて自律的に価値を拡張させる性質を持つ。この視点から、データを格納・保存するデータセンターは、単なる情報処理施設を超え、21世紀のデジタル革命を物理的に体現する場として文化的価値を読み替えうる可能性を指摘した。以上を踏まえ、DAを評価する新たな価値体系として三つの指標を提示し、既存メタデータへの拡張と実装の必要性を提唱した。

①基盤的価値
データ保管施設の地理的・歴史的重要性、特定のハードウェアとの関係性、データの物理的移動履歴など。

②文脈・派生的価値
データの利用実績やシステム間の連携、コミュニティにおける評価や影響力など。

③時間的価値
データフォーマットや技術的制約が示す時代性、保存・継承のプロセス。

3. DAの新たな価値体系続

以下に示す表[表1]は、先行論考が提案した価値体系である。本稿ではこれを基盤として、プロセス記述の枠組みへと拡張を試みる。しかし、この価値体系は主として情報システム基盤を強化する観点から整理されたものであり、作品や制作の現場に内在する微細な判断や身体操作、状況の選択といった要素を十分に外在化できていない。特に成果物として残る記録の裏側で作用している制作に関わるプロセスは、従来の作品に関する属性情報の記述といった枠組みでは埋没しやすく、価値形成の重要な要因でありながら記録の対象になりにくい。本稿が試みる拡張とは、この欠落を補うためにDAが捉えきれてこなかった成分を記録可能な対象として再設定することである。次章では、制作プロセスに由来する不足分の情報をDAの「見えない成分」と称して、課題を明らかにしていく。

種類 評価・価値の内容
①基盤的価値 保存されてきた施設の地理的・歴史的重要性

(例:インターネット黎明期のデータセンター)
ストレージシステムの技術的特徴

(特定の時代を象徴する記憶装置など)
データの物理的な移動履歴
(重要な研究機関間での移転など)
特定のハードウェアとの関係性
システムアーキテクチャ変遷への適応過程
②文脈・派生的価値 重要なデジタルプラットフォームでの利用履歴
システム間連携における役割
他のデジタルコンテンツとの関連性
デジタルコミュニティでの評価や影響
APIなどを通じた利用実績
③時間的価値 データフォーマットや保存技術の歴史性の記述
採用された技術標準の変遷
フォーマット変換の履歴
互換性維持のための技術的対応の記述
システム移行や更新の記録
保存技術への対応(データ再作成などを含む)
データ整合性の検証履歴

表1  DAの新たな価値体系


すべてのデータは物理装置に依存し、憑依的性質を持つ。画像は東京藝術大学「藝大ミュージックアーカイブ」のストレージシステム。

DAの「見えない成分」

近年、DAは多様な仕組みを持つ総体として解釈されつつある。しかし、その実態は物理的なもののデジタル化に伴う成果物の記録に偏り、制作や解釈の核心となる「プロセス(さまざまな過程)」を十分に記述できていない。そこで、ここではDAをモノ(物理・デジタルを含む)に内在する情報を分解し、可視化し、再利用可能なかたちへ変換する“プリズム”として捉えてみる。つまり、DAを成果物の保存にとどまらず、見えない情報成分を抽出し再構成する情報の変換装置として考えてみた。

図1 DAをプリズム(情報の変換装置)として捉えた概念図

上記の概念図[図1]におけるプリズムはDAが担うべき情報変換の機能を象徴している。理想的なDAをプリズムの光に喩えるならば、DAは現物に内在する情報を分解し、可視化し、独立した情報を構造として抽出・再構成する装置である。物理的な作品は実空間に存在するが、プリズムを介することで、その歴史、技術、制作背景、作家の葛藤といった目に見えない成分が取り出され、現物不在でも成立しうる情報として編成される。これはDAが現物の下位互換ではなく、現物とは異なる次元で価値を成立させうる可能性があることを意味している。一方、現在のDAでは捉えきれていない情報の成分が残る。

例えば、石膏像制作の記録映像[図2]においては、手から伝わる微細な振動や素材の抵抗に対して、作家がいかに判断を下したかという身体に宿る知識や経験が、現行の記述体系では外在化されにくい。同様に、油彩画の制作では絵具の乾き具合やキャンバスの状態に合わせて、何度塗り重ねるか、どこで手を止めるかという決定をその場で行なう。しかし、その判断の積み重ねは、デジタル化した画像や「油彩」「キャンバス」といった属性情報だけでは見えにくい。

図2 井野雅文氏による石膏取り技術講習の記録映像(2012)[東京藝術大学 アーカイブセンター]
https://va.geidai.ac.jp/watch/Odfl2qlCtro

核心的な成分が欠落したデータは、結局のところ現物による意味の補完を必要とし、データ単体で技法の再現や価値の証明を担うことは難しい。データを自律した価値として成立させるためには、このような見えない成分を記述可能にする視点と技術が不可欠である。新たなDAの課題は成果物の記録不足ではなく、価値を担う情報(成分)の抽出と記述が偏っている点にある。次章ではこの偏りを価値の重心移動として捉え、成果物中心の設計からプロセス構造中心の設計へ移行する視点を提示してみたい。

フランス、フォンフロワド修道院における日比野克彦によるVRペインティングの記録映像(2024)。デジタル制作はそのプロセスを詳細に数値化できる可能性を秘めている[東京藝術大学芸術情報センター]
https://www.youtube.com/playlist?list=PLSCTZQVNM0jnV_yu2-tfYCy60AJ2rHCUq

高密度プロセス構造がもたらす価値の重心移動

本稿が提示する解決策は、価値の重心を完成された現物の出力から、その背後にある高密度な情報プロセス構造へと移すことである。ここでいう高密度プロセス構造とは、成果物を生み出すまでに積み重ねてきたさまざまな条件と判断の集合であり、(A)身体・物理(身体的条件)、(B)判断・時間(選択・分岐の履歴)、(C)社会・思想(意味の文脈)、(D)制度・信頼(データの証跡)という多層的なレイヤーの統合によって成立する。この枠組みは、従来型のDAが扱ってきた作品のタイトルや材質・技法などの属性情報、作品や作家の関連情報にとどまらない。成果物として出力・維持されるまでに何を捨てて何を残したかという判断のゆらぎ、さらに、どの組織がいかなる倫理や判断の下で情報を維持・更新してきたかという保存の歴史そのものを、記録の対象として取り込む。こうした多層的な情報の結びつきによって、デジタルデータに信頼性と真正性を与え、現物に依存しない自立した価値を担保する[図3]

図3 価値の重心移動と高密度プロセス構造

ここで、(A)〜(D)それぞれを記述の単位として明確化し、これまでのDAが取りこぼしてきた成分をどのように外在化しうるかを整理してみたい。

(A)身体・物理(身体的条件)
作品制作、鑑賞、ならびに物理的な作品や資料の保存が成立するための身体的・物質的条件。ここで記述されるべき内容は制作環境としての空間条件、身体、触覚的な動作といった、身体と物質の相互作用に関わるプロセスが含まれる。(A)が担う価値は単なる属性情報の記録にとどまらず、作品や技法の再現可能性や制作の瞬間だけでなく、その後の理解や再解釈にも影響を与える基盤となる点にある。

(B)判断・時間(選択・分岐の履歴)
制作過程における選択と時間的推移、すなわち選択や分岐のプロセスの記述。ここで対象となるのは、作品がひとつの形に至るまでに積み重なった試行錯誤、採用・棄却の判断、決定理由、タイミング、失敗と修正といった一連の選択である。(B)が担う価値は、成果物だけでは不可視化される何を捨て、何を残したかという判断のゆらぎを外在化し、作品の生成過程そのものを理解・再解釈可能にする点にある。逆に(B)が欠落すると、作品は完成形のみが固定化され、制作の論理や技の再現性が失われ、DAは現物の補助情報にとどまってしまう。

(C)社会・思想(意味の文脈)
作品に意味と解釈の座標を与える社会的・思想的文脈。ここで記述されるべき内容は、作品の思想背景や制作動機、当時の社会的規範、受容環境などが含まれる。特に重視したい点は、作品が置かれた価値の緊張関係である。価値の緊張関係とは、作品の技術的な完成度を高めることと、表現としての粗さや偶然性を残すことが両立しない場合や、公共空間のデザインを巡る議論では設計思想と社会的要請の間に齟齬が見られるような状態である。こうした社会的な文脈とプロセスの欠落は、作品の成果物としての属性情報に限定され、その意図や社会的含意といった価値が読み落とされてしまう。

(D)制度・信頼(データの証跡)
デジタルデータの信頼性(真正性・完全性を含意)を支える制度的枠組みであり、運用・検証の仕組みの総体。ここで記述されるべき内容は、どこで保存され、どの主体がどのような判断のもとで管理し、来歴がどのように更新され、真正性がいかに検証されてきたかという一連の証跡、つまりはデータの歴史である。これらは単なる前提条件ではなく、価値が継続するためのプロセスそのものと言える。なぜなら、デジタルデータはデータ化した瞬間に価値が確定するのではなく、維持・更新・検証の蓄積によって信頼が形成されることで意味と価値が持続する。一方、これらの要素が担保されない場合、データは信頼性を説明できない単なるビットデータの複製という解釈になり、その価値は再び現物や権威への依存することになる。

高密度プロセス構造は、既存の技術や考え方を組み合わせることで、制度・信頼(D)を土台として、作品側の多層的価値(A〜C)をどの粒度で外在化し、相互参照可能なかたちで統合することを目指す。ただし、(A)と(B)の「見えない成分」をどのように記述し、どのようにデータとして記録するのかという問いに対しては、記録装置の技術開発に加えて、記述単位の設計を含む理論的枠組みの整備が必要となる。以上より、本稿が示す重心移動は、成果物中心の記録を補うのではなく、制作から運用に至るプロセスそのものを価値の担い手として再編する点に意義がある。

おわりに

本稿の結論として、デジタルデータが単なる過去の記録を超えて、自律した価値を持つ資源となるためには、現在のDAに対する認識を静的な保存の枠組みから動的なプロセス構造へと転換する必要がある。作品制作からデジタル化、運用に至るまでのプロセスに内在する見えない成分をデータとして外在化し、それらを制度的に信頼された基盤の上に再構成することで、DAは芸術や文化の本質を次世代へとつなぐ実体へとより近づくことができるだろう。

また、この構造化は、近年の消費や表現活動において注目される「プロセスエコノミー」とも通じる。制作の物語構造やストーリーテリングといった要素が完成品そのもの以上に重視される傾向は、価値の自律性を結果としての点(データ)に見出すのではなく、生成と変容の線(構造)として捉える本稿の視点と類似する。ただし、DAにおけるプロセスとは、制作に留まらず、その後のデータ維持・管理・更新という時間の積み重ね、すなわちデータの歴史そのものを制度的な信頼とともに包含する点において、DA独自の文化的・社会的価値が生じると考える。

本稿は価値の自律性という観点からその枠組みを提示したものであり、今後は記述設計と運用を通じて、具体的な実装と検証へ展開していきたい

 

参考文献

・ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術』佐々木 基一:編(1999)、晶文社、pp.187
・『デジタル・アーカイブとは何か 理論と実践』岡本真・柳与志夫:編(2015)、勉誠社、pp.256
・柳与志夫『デジタルアーカイブの理論と政策 デジタル文化資源の活用に向けて』(2020)、pp. 249 
・『アートシーンを支える』高野明彦:監、嘉村哲郎:編(2020)、勉誠社、pp.312
・尾原和啓『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(2021)、幻冬舎、pp.182p
・『デジタルデータの長期保存・活用: その理論と実践』嘉村哲郎:編(2025)、勉誠社、pp.392

 

「デジタルアーカイブスタディ」バックナンバー

https://artscape.jp/tag/das/(2024年〜)
https://artscape.jp/study/digital-achive/backnumber.html(2008〜23年)