会場:オンライン開催
公式サイト:https://jasias.jp/archives/33890

第26回ヴィデオアート研究会として、オンラインイベント「Community of Images──アメリカ、フィラデルフィアから日本の戦後映像芸術を振り返る」が開催された。本イベントは2024年6月14日から8月9日にフィラデルフィアで行なわれた、日本の実験的映像表現とアメリカとの関わりに焦点を当てた展覧会「Community of Images: Japanese Moving Image Artists in the US, 1960s–1970s」を紹介するもので、会員に限らず一般にも開かれるかたちで実施された。

1960年代から70年代にかけて、日本とアメリカという二つの場所の文化的、社会的文脈を往還した映像作家、美術家がいる。本展は彼らの活動がどのようなものであったかを調査し、「カウンターカルチャー」「テクノロジー」「アイデンティティ」という三つのテーマに基づいて、アーカイブ資料や再制作品を六つのスペースと小室に展開した。展覧会場の様子は映像記録としても残され、現在もウェブサイトから鑑賞できる★1。会期中にはワークショップや上映イベントも実施され、屋外では磯部行久の《エアードーム》(1970)を現代的に更新したモジュラー構造体の制作も行なわれた。本展を主催したのは2015年から戦後日本の実験的な映像作品のアーカイブに取り組んできた「コラボラティブ・カタロギング・ジャパン」で、同団体の研究成果が窺える緻密な構成となっている。

「Community of Images: Japanese Moving Image Artists in the US, 1960s–1970s」会場風景[撮影:Constance Mensh]

展覧会は飯村隆彦とアルヴィン・ルシエによる協働作 《Shelter 9999》(1966)から始まる。1965年、アメリカの移民国籍法改正を背景に移住をめぐる動きが広がり、本展に登場する作家の多くもこの時期にアメリカへ渡っている。飯村もその一人であり、ニューヨークの街中に掲示された核シェルターの販売広告を見たことから本作が生まれた。エクスパンデッドシネマを代表する作品といえる本作は16mmプロジェクター、スライド、電子音響を組み合わせることで空間的な映像の広がりを創出し、ディスコで多く上演された。

映像、音、空間を掛け合わせる領域縫合的な感覚は1960年代後半から70年代にかけての世界的な兆候であり、フルクサスのディック・ヒギンズによって「インターメディア」と名付けられた。この概念は海外に渡った作家からほとんど時差を経ずに日本へ伝わり、70年万博のパビリオンや、本展でも紹介された「クロストーク/インターメディア」といった大規模な空間実践へとつながっていく。

次室で紹介された磯辺行久の《エアードーム》は、インターメディアの複合性にさらに生態学を加え、地下のディスコから地上の公園へと実践の場を広げたものといえるだろう。磯辺は1966年にアメリカの永住権を取得し、企画業務の一貫として第一回のアースデイに参加する。バックミンスター・フラーによる生態学と建築を結びつける手法に感銘を受け、討論会、音楽、映画上映、ダンスといった多様な交流を受容する空間として、長方形型の空気緩衝材のような巨大な構造体《エアードーム》を構築した。その大きさは長さ100m、幅90m、高さ30mもあったという。本展はその記録資料に加えて、空気によって膨らんだパラシュートに映像やスライドを投射し、音響とともに鑑賞する《フローティング・シアター》(1969)を再制作し、展覧した。また《エアードーム》の思想を発展させ、参加者とともに幾何学的構造のドームを制作するワークショップ型プロジェクトとして「DÔME DO.WE (a space for reset)」を実施した。

「Community of Images: Japanese Moving Image Artists in the US, 1960s–1970s」会場風景[撮影:Constance Mensh]

つづく二つの部屋では、やはり1960年代半ばにアメリカへ渡り、日米安保闘争や反体制運動といった日本の社会的動向を内在化しながらもアメリカの前衛芸術やアンダーグラウンド映画、ヒッピー文化と共鳴した映像作家を紹介している。フルクサスと関わった小杉武久の映像作品『TM』(1974)、小杉と「タージ・マハル・トラベラーズ」による東洋と西洋の楽器、電子音を合わせるといった重層性を多重プロジェクションで表現したふじいせいいちの『ボディ・ウェーブ』(1970)をデジタル化し、上映した。またシカゴの黒人コミュニティを撮影し、日本に「アンダーグラウンド」を広めた金坂健二、ヒッピー運動を展開したおおえまさのりも紹介された。

さらに次室においてビデオとフェミニズムの観点から4名の女性作家が紹介されたことに注目したい。道下匡子、久保田成子、出光真子は1964年には渡米し、いずれもビデオ作品を手がけるとともに、その作品や翻訳を通して日米のフェミニズム思想の交流を促した。とくに道下はジェンダー政治を探求し、ジーン・マリンやグロリア・スタイネムといったアメリカのフェミニズム思想家の著作を翻訳し、それを日本社会へ転用することの難しさとの対峙からビデオ作品を創出していった。本展では女性の漁業従事者を取材した『日本の中で女であること 海と生きる』(1973-1974)がモニター上映された。

また、アメリカで育った中谷芙二子は1959年に帰国し、草月アートセンターでの通訳などで日米間の作家交流を支えたのちに、E.A.T.や70年万博への参画、「ビデオひろば」や「ビデオギャラリーSCAN」での活動など、ビデオを起点とするコミュニケーションのかたちを発展させていった。彼女たちの活動詳細は展覧会冊子にあたるドキュメント資料にも詳述されている★2

ところでアメリカと日本の結びつきは、インターメディアやビデオ作品に用いられるテクノロジー、とくに個人映像作家において重要だった小型の撮影機器の開発を日本が得意としていたことによっても促進された。モントリオール万博や大阪万博といった国家規模の祭典から、スタン・ヴァンダービークのような技術と芸術の融合を試みる個人作家までが新しいメディアの活用を志向し、撮影機器や衛星通信といった映像技術の開発を先導していた日本はアメリカから関心を持たれる存在でもあった。

最後の部屋に位置する中嶋興はハンディカメラを愛用し、60年代後半には「流動体」というシリーズで液体と光を関わらせるプロジェクターマシンの独自開発を行なっている。彼は頻繁にアメリカを訪れてはジョン・サンボーンとダン・サンディンといったメディアアーティストと交流し、MITやSIGGRAPHで最先端技術に触れながら、東洋思想とテクノロジーを融合させたビデオ作品を生み出していった。

本展では中嶋が開発した複数のプロジェクターのなかから、可動式光源を内蔵する円柱にフィルムを巻き付け、その外側に大量の丸型レンズを配置する360度型のプロジェクションマシンを再制作し、展覧している。作品制作のために、その作品に適した機械から作るというメタ・メディア的な志向を持つ彼は、ナム・ジュン・パイクからも新しい機械を開発して渡航時に広めるようアドバイスを受け、のちに企業と組んで「アニピュータ」や「アニメーカー」といった販売用マシンの開発も手がけていった。

「Community of Images: Japanese Moving Image Artists in the US, 1960s–1970s」会場風景[撮影:Constance Mensh]

本展はこのような作家たちの取り組みを紹介するとともに、個々のイベントやグループの動向にも注目している。中谷が携わった70年万博のE.A.Tのペプシ館、マイケル・ゴールドバーグとビデオひろばによる「ビデオコミュニケーション Do It Yourself Kit」展、中止された読売アンデパンダンから派生した「フィルム・アンデパンダン」、日米の現代音楽と映像の交わりを広大な空間で展開した「クロストーク/インターメディア」、久保田成子がフィルムを持ち帰り、東京で実施した上映会「トーキョー・ニューヨーク・ビデオ・エキスプレス」展なども紹介された。

本展が扱ったビデオやテクノロジーを用いた表現は、戦後美術における前衛的な系譜に紐づきながらも映画や空間デザインといった領域とも関わることで、美術史的な価値づけが遅れているものも含まれている。日本の1960年代におけるアクション・ペインティングや反芸術から、パフォーマンスやインターメディアへと展開していった流れのなかで、ビデオやメディア技術を積極的に導入させた実践が日本国内でもさらに探求されていくことが望まれる。

オンラインイベントでは、タイトルとなった「Community of Images」は飯村の著作から取られたこと、《エアードーム》の発展型再制作において磯辺の了承を得て、環境への配慮からプラスチックではなく木を使ったこと、またバーバラ・ロンドンや刀根康尚を招いたトークや上映会、子供向けワークショップの実施についても語られた。

最後に、本展はフィラデルフィア芸術大学内のスティーブンソン旧邸宅で開催されたが、開幕の一ヶ月前に、翌週には大学を閉鎖することを告げられる顛末があった。開催中止となる可能性がありながら大学と交渉し、独自に警備員や監視スタッフを雇用することで予定通りの会期を全うした★3。困難な状況ながらも、戦後日本の前衛芸術の系譜に連なるインターメディアやビデオの歴史に目を向け、その保全と研究、紹介に取り組み、展覧会を実現させた主催団体にあらためて敬意を表したい。

★1──「Community of Images: Japanese Moving Image Artists in the US,1960s–1970s Exhibition Walkthrough」(https://www.collabjapan.org/documentation-community-of-images-japanese-moving-image-artists-in-the-us-1960s1970s
★2──「Gallery E」(https://www.collabjapan.org/documentation-community-of-images-japanese-moving-image-artists-in-the-us-1960s1970s/#GalleryE
★3──「The last picture show: After a century of exhibitions, the Philadelphia Art Alliance hosts what might be its final art show」(https://whyy.org/articles/philadelphia-art-alliance-japanese-community-of-images/

鑑賞日:2025/12/06(土)