金沢21世紀美術館には開放的な託児室とキッズスタジオがある。昨今、子どもを対象としたプログラムやサービスに力を入れる美術館も増えているが、それでも美術館は子連れの大人にとって依然として敷居の高い場所だ。そのようななか、2004年に開館した金沢21世紀美術館が、開館時から託児室・キッズスタジオを設置していたことの先見性は際立っている。これらは、どのような理念のもとに美術館の一部に組み込まれることになったのか。同美術館の立ち上げに関わり、現在は館長を務める鷲田めるろさんに寄稿をお願いした。(artscape特別編集委員・星野太)


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歓迎される子どもたち

金沢21世紀美術館には託児室がある。月齢3カ月以上の未就学児を1時間あたり500円から800円で預かっている。 金沢21世紀美術館が開館当初から掲げている4つのミッションのうちのひとつは、「子どもたちとともに、成長する美術館」である。市内の小学4年生を毎年全員招待する「ミュージアム・クルーズ」は、そのミッションを達成するための象徴的なプログラムである。美術館にはいつも多くの子どもたちの姿が見られる。

一方で、施設としては、建物の一角にある「キッズスタジオ」と、隣接する託児室がこのミッションを達成するうえで重要な役割を果たしている。その場所で行なわれる多くのプログラムももちろんだが、たとえプログラムが行なわれていない時間であっても、その場所が建物に最初から組み込まれ、常設されているという事実自体が、美術館の姿勢を示している。

金沢21世紀美術館は、公園のような開かれた美術館を目指している。街に開かれ、誰もがふらりと立ち寄ることができ、それぞれがバラバラに異なることをしていても、ともにいることができる場所である。

それを実現するために設計者のSANAA/妹島和世+西沢立衛は、外からも中がよく見える、円形のガラス張りの建物を提案した。円い建物は、表も裏もなく、どちらから見ても正面だ。建物の中の壁にも透明のガラスが多く用いられ、廊下からそれぞれの部屋の中の様子がわかる。建物の外周に沿って歩いていると、託児室の中の様子もガラス越しによく見える。

建物の中心部にある展示室は有料だが、キッズスタジオと託児室は無料ゾーンにある。人々は気軽に立ち寄ることができる。


金沢21世紀美術館の託児室[提供:金沢21世紀美術館]

円い建物の中には、他にもレストランやショップ、シアター、ライブラリーなどさまざまな機能を持った部屋がある。それらは、廊下によって隔てられている。あたかも、廊下という街路が巡る都市のようである。そこにはさまざまな異なるものが共存している。展示室は白くシンプルであるが、キッズスタジオや託児室は木の床で温かみがあり、美術館の中に多様性をもたらしている。その多様性が、美術館のなかに隙間をもたらし、美術館全体を入りやすく開かれたものにしている。

従来の美術館は子どもを排除してきた。美術館が「静かにしなければならない」「作品を壊してはいけない」場所だとしたら、小さな子どもを持つ親にとってはハードルの高い聖域に見えてしまうだろう。そうした緊張感は、子どもやその親だけでなく、すべての観客にとって、本来自由であるはずの鑑賞体験を、どこか窮屈なものに変えてしまう。声を上げながら、周囲を走り回ることができる「レアンドロのプール」のようなコミッションワークとも相まって、子どもの存在は不要な緊張感を解除するのに一役買っている。それを支えているのがキッズスタジオであり、託児室である。

子どもを排除してきたのは美術館だけではない。現代の都市空間は、子どもの泣き声や予測不可能な行動に対して、ますます不寛容になっている。そうした状況において、美術館が託児室を持つことは、街のなかで、美術館が子どもという不確定な存在を歓迎する場所になるというメッセージにもなっている。

同じ子どもの施設でも、キッズスタジオと託児室は、誰に向けてのものかは大きく異なる。キッズスタジオが主に子ども自身のためのものであるのに対し、託児室は主に親のためである。ベビーカーに乗せて子どもと一緒に展示室に行くこともできるが、育児の真っ只中にいる親にとって、一時子どもから解放され、展示室やシアターで、作品と向き合える時間はかけがえのないものである。

人々を美術館へつなぎとめる

託児室の利用を、美術館の利用者に限ってはいない点もユニークである。子どもを預けて、近くに買い物や観光に出かけても構わない。この考え方は、美術館の設置目的に基づいている。そのひとつは「新しい文化の創造」だが、もうひとつに「新たなまちの賑わいの創出」があった。つまり、美術館の託児室を使って、街に買い物に出たとしても、それが街の賑わいにつながるのだから、それでよいというわけである。

加えて、来館者だけでなく、美術館の関係者やスタッフも託児室の利用者である。招聘したアーティストに未就学の子どもがいる場合、打ち合わせや設営時など、託児室があることで活動しやすい美術館という評を得ている。また、私自身も金沢21世紀美術館のキュレーターだった頃、息子を預けるのによく利用させてもらった。

雇用されているスタッフだけでなく、美術館は多くのボランティア・スタッフに支えられている。例えば、冒頭で触れた「ミュージアム・クルーズ」というプログラムでも、美術館で子どもたちを受け入れる「クルーズ・クルー」という大人のボランティア・スタッフが大勢活躍している。美術館がつくった展覧会などのコンテンツを、来館者はただ受容するだけでなく、自らもつくる側として参画できる。このことも「参画交流型の美術館」として大切にしてきたことだ。

ところが、大学、社会人に成り立ての頃に現代アートに関心を持ち、積極的に美術館に関わった人が、子育てに入ると美術館から離れてしまうということが往々にある。それを防ぐためにも託児室は必要だった。開館時、エデュケーターとして建築の設計段階から関わった黒澤伸は、その前にいた水戸芸術館での経験から、託児室を美術館に設けることを強く望んだ。開館時に発行した美術館のコンセプト・ブックのインタビューで、黒澤は次のように語っている。


金沢21世紀美術館のキッズスタジオ[提供:金沢21世紀美術館]

「これまで美術館に勤務していた経験で、美術館を卒業していってしまう人が多いことは残念でした。どういうことかというと、特に現代美術の場合、大学生・社会人になってはじめてそれを見るという人が多いんです。彼らは最初の1年~4年位の間はすごく面白がる。いろんな美術館に通って、チラシなどでインフォメーションを集めるようになり、ちょっとした美術通みたいになる人も多いのですが、やがて子どもが生まれたり、仕事が忙しくなったりという理由で来なくなってしまうんです。(中略)でもそこからもう一歩踏み込んでボランティアを始めたり、アート系のNPOの活動を始めたり、そうなると人は離れない。(中略)そうした活動を保証していくためにも、どうしても託児室が欲しかった。もちろん、赤ちゃんを預けて展覧会を見るため、という一般的な使い方も歓迎します。でもボランティアなどこの美術館に関わってくれるスタッフの能動性をできるだけ担保できる方法のひとつとして託児室が欲しかった。」(注:黒澤伸(談)「人の動きをつくり出す透明な美術館」楠見清他編『21世紀のミュージアムをつくる 金沢21世紀美術館の挑戦』美術出版社、119-110頁)

この言葉に、託児室の意味が十全に示されている。観客が美術館に来るハードルを下げるだけでなく、より能動的に美術館に参加する人を繋ぎ止めるために、託児室が必要なのである。街の人たちが主体的に、つくり手側として美術館を使えるようにすることが、金沢21世紀美術館が目指す「開かれた」美術館である。その主体性を守るひとつの重要な施設が常設の託児室である。

美術館の託児室に預けられていた子どもたちは、20年後、今度は自分たちの意思で美術館を訪れ、また、ボランティアとして美術館に関わるかもしれない。もしその際に小さな子どもを持つ場合にも、安心して預けられる場所として託児室がある。このように、託児室は未来の観客やボランティアを育てる場所でもある。立派なコレクションや展覧会のカタログを残すことだけが文化の継承ではない。その場所が自分を温かく迎えてくれたという記憶が文化を支える土壌となる。

託児室があるということは、美術館を開き、人間性を取り戻し、未来の文化を育んでゆくことなのである。

金沢21世紀美術館の託児室[提供:金沢21世紀美術館]