いよいよ年度末が近づいてきた。毎年2月、京都市立芸術大学では、年度末の風物詩とも言うべき二大イベント、美術学部・大学院生の全員が作品を展示する「京都市立芸術大学作品展」(以下、「作品展」)と美術学部の入学試験が行なわれる。「作品展」は、キャンパス移転以後には学内のみの開催となり、普段は制作の場である空間を展示スペースとしているため、来場者にとっては学生の作品を鑑賞するだけでなく、学内の様子を知ることのできる貴重な機会となっている。
「場」を見つめるまなざし
大学内にあって、学内の動向を日々感じながら過ごしてはいるけれど、@KCUAの事業は学部・専攻のカリキュラムとは直接連動していない。ゆえに普段から、それらにはない「状況」をつくることに自分たちの存在意義を見出しているところがある。「作品展」においてもつい、各専攻のエリアではなく、あえてはみ出した場所に展示されている作品たちの方が気になってしまう。それぞれの学生が大学という「場」をどのように捉えていて、展示場所としてなぜそこを選ぶのかということに、とても興味を惹かれるからだ。
そのなかで、「場」が内包する何かを可視化するための「状況」をつくることに成功していた二つの作品を紹介したい。まずひとつ目は、彫刻専攻修士2年生の清田慧による《あなたの信頼の上で》だ。

清田慧《あなたの信頼の上で》(素材:パフォーマンス、鉄)[撮影:吉本和樹]
本学キャンパスは「まちに開かれた大学」を標榜しており、3ブロックに分かれた敷地のうち、西側と中央の2ブロックには周囲との境界を隔てる塀や柵が設置されていない。とはいえ、新キャンパスの供用開始から今年度の途中までは、中央のブロックの入り口すべてに工事現場に用いられるような仮設のバリケードが常に置かれた状態だった。それが、いつの間にか真新しいパイプバリケードがそれらにとって代わっていた。完全に空間を隔てているわけではなく、人が通ることのできる隙間も十分に開けて置かれているため、通行の妨げというほどのものではない。動かすことも容易だ。しかし、大学の関係者以外の人々の入構を牽制する目的でそこにあることは明白で、閉じられてはいないけれど、開放されているわけでもない絶妙な匙加減で設置されている。
今年度から京都市立芸術大学構内に複数設置されたパイプバリケード[撮影:吉本和樹]
《あなたの信頼の上で》と題されたこの作品で清田は、このパイプバリケードを精巧に模した造作物を制作して屋外に設置し、会期中に毎日、それらをさまざまな位置に移動させてからその上に乗って寝転がるというパフォーマンスを複数回行なった。京都市郊外の沓掛地域にあった旧キャンパスでの日常的な光景で、新キャンパスでは失われてしまったものの一例として、また空間を区切って人の行動を制限するというパイプバリケードの本来の機能を崩し、剥奪するという意味を込めて、その上で昼寝をして見せているのだという。周囲の風景に馴染みすぎる造作物は、そこに清田が登場し、パフォーマンスをすることでようやく作品だと認識されることが多いようだった。
清田慧《あなたの信頼の上で》(素材:パフォーマンス、鉄)[撮影:吉本和樹]
日頃の研鑽の成果をわかりやすい形で提示した作品が多いなかで、まだ発展途中の新しいキャンパスで日々発見する少しの違和感を起点とし、学生としての現在の自分にとって、大学という「場」がいかなるものであったのかを、ものを作ることを通して地道で実直に捉え直そうとする本作品は、わたしの目にはとても好ましく映った。寒空の下、冷たい風に吹かれながらも動じずに、自ら制作した造作物の上で眠り続けるさまは、迷える学生時代を終え、未来へと一歩足を踏み出すための瞑想を行なっているかのようで、見ているこちらまで清々しく晴々とした気持ちにさせてくれる。清田は学部時代から大きな構造物とそれに付随する行為に着目した作品を手掛けている★1のだが、これまで見てきたなかで最も解像度が高く、かつさまざまな示唆に富んでおり、大学院市長賞(専攻内の大学院生の作品で最も優秀なものに贈られる賞)に相応しい秀作であった。
ささやかな介入によって「状況」をつくる
もうひとつは、デザインB専攻修士1年生の好田一生による《them》である。「デザインB」とは2023年にデザイン科の体制変更により設置された新しい領域★2で、「B」は「生成変化」を意味する“Becoming”の頭文字をあらわしている。社会とデザインの関わりを広義に捉えて多様なジャンルの学びの機会を設け、各学生の関心事に合わせた領域横断的な教育研究活動を行なっている。
好田一生《them》(素材:ミクストメディア)部分[撮影:吉本和樹]
教員の個人研究室がずらりと並ぶ廊下(つまり、そのほかの展示会場からは少し離れた場所)に、ひとつだけドアの開いた部屋がある。好田が展示場所として選んだのは、現在は使用者不在の一室だ。空っぽの本棚、何も置かれていない机、キャビネットという最低限の研究室備品が隅に置かれ、ブラインドが降ろされた南向きの窓はやわらかく光っている。窓の向こう側に面したJRの線路からは、断続的に電車が走る音が聞こえる。それだけでこの部屋はとても美しい、と語る好田がこの部屋に設置したのは、デスクトップPCとモニター、二つの小さな装置、そして小型のウェブカメラのみだ。モニターの画面にはブラウザが映し出されており、そのなかにはウェブカメラが捉えた部屋のなかの映像と、何らかのアクセスログ、そして「Hello」と「How are you」の小さな二つのボタンが見える。
好田一生《them》(素材:ミクストメディア)部分[撮影:吉本和樹]
この画面はインターネット上で公開されており、リアルタイムに部屋の中の様子を映し出している。この部屋のなかで、あるいはオンラインで、「Hello」と誰かがクリックすると、床に配置されたビニール袋が微かに膨らみ、それが「How are you」の場合は壁に貼られたテープがわずかに揺れる。かつて、この部屋にいた誰かの気配であると同時に、この場にはいない誰かとの、目に見えないつながりのしるしであるかのように。
好田一生《them》(素材:ミクストメディア)部分[撮影:吉本和樹]
2年前の「作品展」で展示された《ただ見えているだけ》★3では、当時真新しい状態だった大学キャンパスの至る所でその存在を主張するコンクリートの柱に注目し、紙に出力した同じサイズの柱を1本加えることで、人々の意識がどのように変化するのかという実験を行なっていた。それ以後も建築物や環境に高い関心を寄せ続け、デザインという手段でいかに新たな関係性を生じさせることができるのかを丁寧に考察してきたことがよくわかる。空間全体にささやかな介入を行なうという点では前作と類似した要素もあるが、鑑賞者に空間そのものを意識させる装置としての精度が確実に上がっていたからだ。
大学という「場」でできること
この二つの作品は、ひときわ目を惹くというタイプの作品ではないし、もしかすると見過ごしてしまった方もあるかもしれない。まだブラッシュアップの余地も多く残されているだろう。しかし、いま何を考え、何を表現するために作るのかという、制作に関する根源的な問いに、シンプルかつ真摯に向き合う姿勢が見られたという点では共通しており、それが非常に好印象だった。
それにしても、近年の「作品展」では、いろいろな意味で「大人しい」作品の割合が増えたと感じる。たとえ荒削りであったとしても、学生ならではの勢いのある作品にはあまり出会わなくなった。郊外から都市部へ移転したことが原因のひとつかもしれないし、あるいは単にそういう時代なのかもしれない。それは引き続き観察していかなければなんとも言えないところではあるのだが、学生時代にはもっと挑戦的になっていいのに、と少し寂しい気持ちになる。……そんなことを考えながら、このテキストを書いている横で、わたしの携帯電話はグループチャットの投稿通知で断続的に振動している。@KCUAで開催中の金氏徹平とthe constructions「tower (UNIVERSITY)」の最終日(2026年2月15日開催)のパフォーマンスのアイデアがどんどん投稿され、メンバーが盛り上がっているのだ。「tower (UNIVERSITY)」では、大学の持つ機能や有形無形のさまざまな資源を活用し、実験と創造の「場」をつくろうとして、さまざまな試みを行なってきた。「tower」活用のアイデア募集を教職員と学生に呼びかけていたのだが、「作品展」の準備期間に重なったこともあり、特に学生からの応募はなかった(悲しい……)。ただ、教員からのアイデアで行なわれた「tower」での授業や、金氏の呼びかけによるパフォーマンスにたくさんの学生が参加し、この「場」でのクリエイションを楽しんでくれていた。それぞれの今後の活動に、この取り組みが何らかのかたちでつながることがあれば、とても嬉しい。
このあたりで筆を置き、「祭りですね! 承知しました🫡」とチャットに投稿して、グランド・フィナーレに向けての心算でもしておくとしよう。このテキストが公開される頃には「tower (UNIVERSITY)」という実験場は@KCUAから消えているけれど、後日パフォーマンスのアーカイブを記録集や映像などで公開予定なので、会場で目撃された方だけでなく、後からでもいいのでより多くの方にこの取り組みについて知っていただけたらと考えている。「作品展」の準備でそれどころではなく、見逃してしまった学生たちにも、ぜひ届けたい。
★1──例として「2023年度京都市立芸術大学作品展」出品の《運ばれる座標》など。https://www.kcua.ac.jp/2023-kiyota-kei/京都市立芸術大学 受賞作品アーカイブ(最終閲覧日:2026年2月14日)
★2──京都市立芸術大学美術学部デザイン科デザインB専攻 https://www.kcua.ac.jp/arts/design-b/(最終閲覧日:2026年2月14日)
★3──京都市立芸術大学 受賞作品アーカイブ https://www.kcua.ac.jp/2023-koda-issei/(最終閲覧日:2026年2月14日)
2025年度京都市立芸術大学作品展
会期:2026年2月7日(土)~11日(水・祝)
会場:京都市立芸術大学(京都府京都市下京区下之町57-1)
展示専攻:日本画、油画、彫刻、版画、構想設計、ビジュアル・デザイン、プロダクト・デザイン、環境デザイン、総合デザイン、デザインB、陶磁器、漆工、染織、総合芸術学(芸術学)、デザイン基礎、工芸基礎、保存修復
※( )内は大学院修士課程の名称
公式サイト:https://www.kcua.ac.jp/20260207_sakuhinten/