サンミン《コンピューター・コントロール・システム》
1985年、キャンバス・油彩、76×115cm、福岡アジア美術館蔵
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危機と不安

米国とイスラエルが2026年2月28日、イランに対する大規模攻撃を行なった。2022年に開戦したウクライナ・ロシア戦争、2023年に勃発したイスラエルとハマス等のパレスチナ武装組織の衝突が収まらない中、中東に新たな軍事対立が起きてしまった。世界第1位の軍事大国米国は、同盟国と協力し、AI、無人機、核兵器の近代化など、最先端技術への投資や空海軍を中心とした軍備展開を行ない、紛争の火種が世界に広がっている。アジア一帯でも強権体制の広がりと海洋利権をめぐる衝突が懸念されており、筆者の散歩コースにある高い塀に囲まれたミャンマー大使館の前にも若い人や僧侶が集まって抗議するデモ活動が開かれていた。

ミャンマーでは、クーデターで国軍が実権を握ってから5年が経過した。内戦と昨年のマンダレー地震により約2,000万人が人道支援を必要としているという。第二次世界大戦中は日本軍の占領下(1942-45)にあったミャンマー。彼の地にはどのような絵画があるのだろう。福岡アジア美術館が所蔵するサンミンの《コンピューター・コントロール・システム》を探求してみようと思った。

空を水平に飛んでいるミサイルのような飛翔体。機体には鋭い歯をした鮫の顔が描かれており、そのミサイルの下に広がる深緑色した窪みのある台地にはひとりの眠る男がいる。白いシャツを腕まくりし、赤い腰巻を下半身にまとい、腕と足を組んで帽子を顔に被せて裸足でミサイルと平行に寝ている。見渡す限りの自然の下で何をしているのだろう。ミサイルと人間の遠近感がなく、ミサイルと人間は対等になり、機械と自然、危機と平安の対立が強調されている。最先端兵器を無視する様子がポップに表われていて、漫画チックに文明批判をしているように見える。

福岡アジア美術館の学芸員である五十嵐理奈氏(以下、五十嵐氏)にサンミンの《コンピューター・コントロール・システム》について話を伺ってきた。五十嵐氏は、ミャンマーを訪れ、サンミンと直接会って調査をし、展覧会「現代アジアの作家 Ⅵ もっと自由に!――ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」展(2012)を企画担当されている。福岡アジア美術館へ向かった。


五十嵐理奈氏


水牛みたいな人

五十嵐氏が初めてミャンマーへ行ったのは2008年、その翌年開催の展覧会「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ」のための調査だった。東南アジアであるミャンマーは、五十嵐氏がそれまで主たる研究フィールドとしてきたバングラデシュやインドとともに、英国の植民地だった歴史がある。現在、南アジアと東南アジアは、別の地域として区分けされるが、バングラデシュからミャンマーに行った五十嵐氏は、食べ物や服装、言葉や人の動き方など、ミャンマーには南アジア的要素が多く見られたという。「ミャンマーは東南アジア、バングラデシュは南アジアと思っていたけれども、そこのグラデーション的なつながりが面白いと思った」と五十嵐氏。

初めてサンミンと会ったのもこの時だった。「第一印象は少年のまま大人になったような人。仲間たちからは水牛(チュエー)というあだ名を与えられていた。動物の水牛かサイのような感じで、黙ってどっしりしていて、これと思うものに休まず歩みを進めていくような人。文句を口にせず、怒ることもなく、愚直なまでにまっすぐ進む人だった」。本作品は2013年に福岡アジア美術館に収蔵された。

繰り返される軍事政権

ミャンマー連邦共和国(旧ビルマ)は、国土が日本の約1.8倍、人口は5,485万人(UNdata, 2025)、首都はネピドー。インド、バングラデシュ、中国、ラオス、タイと国境を接する東南アジアの国で、100以上の民族が存在している[地図]。国内最大の都市ヤンゴン(旧ラングーン)には、マーケットや公園、釈迦の聖髪が納められた6世紀の金仏塔シュエダゴン・パゴダがそびえ建つ。

19世紀後半から1948年の独立まで、約60年以上にわたり英国の植民地(英領インドの一部)だった。1885年にビルマ王国が滅亡し、英領インド帝国に編入され、第二次世界大戦中は日本軍の軍事占領下にあったが、終戦後英国の統治に戻り、1948年にビルマ連邦として独立した。その後、ビルマ連邦社会主義共和国(1974-88)、ビルマ連邦(1988-89)、ミャンマー連邦(1989-2010)、ミャンマー連邦共和国(2010-)と国名が変更されたが、政治的立場や歴史認識の違いから国名の呼称は国や個人によって見解が分かれている。

1962年ミャンマー国軍がクーデターで自ら政権の運営に乗り出した。1988年には学生たちによる反政府運動が起き、民主化運動の指導者だったアウンサン将軍の娘アウンサンスーチーの登場で国民的な運動へと変容し、民主化の期待が広がった。同年国軍が再びクーデターを決行し、軍事政権が2011年まで続く。

そして、2015年自由で公正な選挙が行なわれ、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝する。しかし、2021年またしても国軍によるクーデターが勃発。国民は強く反発。国軍は暴力的な弾圧を行ない、民主派勢力・少数民族武装組織との間で内戦状態が激化し、国内避難民は350万人を超え、食料不足や医療崩壊、治安悪化が住民を襲っている。


東南アジア地図
(By Cacahuate, amendments by Globe-trotter and Texugo-Own work based on the blank world map, CC BY-SA 4.0)

 

ミャンマー現代美術のパイオニア

サンミンは、1951年ミャンマーのヤンゴン市に生まれ、両親と姉妹、弟の6人家族の長男だった。子供の頃は、美術書や映画を見たり、父親にザッポエ(大衆音楽劇)へ連れて行ってもらった。1969年ラングーン文理科大学(現ヤンゴン大学)に入学し、植物学を専攻する。美術クラブに入部して代表を務める。卒業後は父親が手がけていた建築・内装業を引き継ぎ、家計を助けた。平日は朝から夕方まで仕事をし、平日の夜と土日に作品制作に取り組んでいた。

政治犯として1974年に約3年間投獄されたが、人的ネットワークを基に、1979年ミャンマー最初期の現代美術家集団「ガンゴー(Gangaw)★1 ・ヴィレッジ・アート・グループ」を結成。参加者に美術を専攻した人はおらず、美術とは別の学問を修めた大卒エリートたちだった。サンミンが村長(代表)を務め、多くの作家は独学で美術を習得し、展覧会を毎年開いて作品を展示していた。

しかし、ミャンマーでは展覧会を開催する場合には政府に許可申請を提出し、作品の検閲を経なければ展示は出来なかった。ガンゴー・ヴィレッジ展も検閲を受け、特に1988年の民主化運動以後は取り締まりが厳しくなり、メンバーたちは「展覧会」という形ではなく、「ギャラリー」を舞台に作品を並べる方法を取るようになった。「インヤー・アート・ギャラリー」は、現代美術の発信地とされていたギャラリーのひとつである。《コンピューター・コントロール・システム》を制作した1985年は、「第7回ガンゴー・ヴィレッジ」展が開かれ、サンミンは誰よりも多い絵画7点、立体7点を発表し、創作意欲に満ちた美術家として一歩を踏み出した年だった。

そして、90年代に入ると、1988年の民主化運動の規制を受け、ガンゴー・ヴィレッジ展は一度だけしか開かれなかった。その間、サンミンらはメンバーと緊密に連絡を取り合い、展覧会の再開を目指していた。2000年になるとガンゴー・ヴィレッジは、「ローカーナッ・ギャラリー」で毎年展覧会を開催するようになった。2012年には福岡アジア美術館で「現代アジアの作家 Ⅵ もっと自由に!――ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」展が開催され、サンミンが来日する。ミャンマーの現代美術を紹介した展覧会としては日本で初めてだった。

ガンゴー・ヴィレッジが果たした役割は、ミャンマーで現代美術を試みる展覧会という場を継続的に開催してきたことにあった。ガンゴー・ヴィレッジの村長で、ミャンマー現代美術のパイオニアであったサンミンは2022年71歳で亡くなった。生涯独身だった。

★1──暑季には甘い香りを漂わせる10センチほどの大きな白い花を咲かせる常緑高木。樹高は20メートルに達する。ヤンゴン大学構内に多く植えられており、大学を象徴する花木という。和名はセイロンテツボク。

 

コンピューター・コントロール・システムの見方

①タイトル
コンピューター・コントロール・システム(こんぴゅーた・こんとろーる・しすてむ)。英題:Computer Control System


②モチーフ
空飛ぶ鮫のようなミサイル、眠る男、青い空、凹凸のある緑の大地。

 

③制作年
1985年。サンミン34歳。「第7回ガンゴー・ヴィレッジ」展に出品。

 

④画材
キャンバス・油彩。画材は配給制で、油絵具とキャンバスはミャンマー製。

 

⑤サイズ
縦76×横115cm。

 

⑥構図
安定感と広がりを表現する水平線構図。上部3分の2を空、下部3分の1を大地とし、空の開放感を強調している。

 

⑦色彩
青、緑、赤、黒、茶、黄、紫、白など多色。

 

⑧技法
油彩画。画面上部は直線的、下部は曲線的で、細い筆と太い筆を用いてスピード感ある筆跡で平面的に描いている。異和によって新しさを生起させる手法デペイズマンが使われている。

 

⑨サイン
画面左下に黒で「SAn mi/85」と署名。

 

⑩鑑賞のポイント
アルゼンチン軍が大西洋上の英国領の群島に侵攻し、1982年に勃発したフォークランド紛争を時代背景に、2001年の近未来を想像して描いた作品。闇市で手に入れた雑誌『TIME』(1977年5月23日号 No.21)にあった米軍の巡航ミサイルの写真をヒントに、戦闘機頭部に鮫の顔を描き、機体には「STAR WAR」と書いた[図1]。異なる種類の同じ性質のものを組み合わせる手法(ここでは鮫とミサイルの危険)は、作者独自のデザイン性を強く反映した表現である。未来の戦争は、コンピューター制御のロボットのみが戦い、何もすることがない人間は、台地で平穏に帽子をかぶって眠り込んでいる[図2]。人の手を離れ、コンピューターがコントロールするシステムのもとで生きていかざるを得なくなる社会を、鋭くかつユーモラスに予見した絵画である。青空と緑の大地からなる地球に暮らす人間にとって、コンピューター至上主義を警告する。電子計算機の誤算は許されない状況になってきており、人間のやるべきことを問いただすようにも受け取れる。1985年当時ミャンマーは社会主義独裁体制下にあり、表現の自由に制限がかけられ、展覧会でも検閲が行なわれていた。本作は新しい美術に挑戦するサンミンの黄金時代に制作された意欲作である。

 


図1 鮫の顔をしたミサイル(《コンピューター・コントロール・システム》部分)

 


図2 眠る男(《コンピューター・コントロール・システム》部分)

 

分類を遊ぶ

《コンピューター・コントロール・システム》について、五十嵐氏は「当時ミャンマーは情報統制が厳しく、外からの新しい情報があまり入らなかった。ミャンマーに観光にやってきた外国人観光客が読み終えて捨てた外国雑誌を闇の流通を通して古本屋が販売していた。サンミンはそういう雑誌の中から、米国の防衛戦力の情報や美術情報を収集して作品に反映させていた。眠る男は、ガンゴー・ヴィレッジのメンバーでもあるヤンゴン大学時代の友達ミャインタンオーがモデル。当時のミャンマーで高価なカメラを所持している人は少なく、友達のカメラを借りてその友達を撮ったという。《コンピューター・コントロール・システム》は、『TIME』誌に掲載されていた画像と、サンミンが撮影した友達の写真をもとに、時代背景や皮肉りたいものをかけ合わせて描いている」と語った。

五十嵐氏は、2015年よりミャンマー映画研究者の山本文子氏とミャンマー美術の共同研究を行なってきたが、山本氏によると「サンミンは、シュルレアリスムの影響を受け、動物を模して人や機械を描く場合が多く、モチーフが擬人化される特徴がある。似た者同士を合体させるだけでなく、一見共通点のなさそうなものも合体させて、“分類”という人類が行なってきた営為を遊んでいる。そのためサンミンの作品は、見る者を困惑させ、また想像力を搔き立てる」という。

 

五十嵐理奈(いがらし・りな)

福岡アジア美術館学芸員。1976年東京都生まれ。1998年東京女子大学文理学部社会学科卒業、2001年一橋大学大学院社会学研究科文化人類学専攻修士課程修了、2022年同大学院博士後期課程修了。2003年より福岡アジア美術館学芸員。専門:バングラデシュ視覚文化、アジアの近現代美術。ベンガル地方やミャンマーを中心にアジア美術の生まれる現場を文化人類学的な視点で研究。主な展覧会企画:「ニルーファル・チャマン」展(2007)、「魅せられて、インド。――日本のアーティスト/コレクターの眼」展(2012)、「現代アジアの作家 Ⅵ もっと自由に!――ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」展(2012)、「ヒンドゥーの神々の物語」(2021)、「この手が未来を編み直す」展(2025)など。

 

サンミン(San Minn)

ミャンマーの画家。1951-2022年。ヤンゴン市生まれ。両親と姉妹、弟の6人家族の長男。1969年ラングーン文理科大学(現ヤンゴン大学)に入学し、植物学を専攻。1974年に政治犯として約3年間入獄。父親の内装業を引き継ぎながら絵画を制作し、1979年現代美術家集団ガンゴー・ヴィレッジ・アート・グループを結成。2012年福岡アジア美術館で「現代アジアの作家 Ⅵ もっと自由に!――ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」展が開催されたことを機に来日。ミャンマーの現代美術を代表する美術作家のひとりとして、京都、シンガポール、ヘルシンキ、バンコク、マルセイユ、チェンマイ、香港など、世界各地の展覧会に出品。軍事政権下で多くの時間を過ごし、厳しい情報統制の中、社会的なテーマで想像力と諷刺によって独自の作風を築いた。2022年没。享年71歳。代表作:《コンピューター・コントロール・システム》《Age of Full Bloom》《競争》など。

 

デジタル画像のメタデータ

タイトル:コンピューター・コントロール・システム。作者:影山幸一。主題:世界の絵画。内容記述:サンミン《コンピューター・コントロール・システム》1985年、キャンバス・油彩、縦76×横115cm、福岡アジア美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:福岡アジア美術館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Jpeg形式27.6MB、300dpi、8bit、RGB。資源識別子:2776.tiff(Tiff形式40.0MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。情報源:福岡アジア美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:福岡アジア美術館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。

 

画像製作レポート

《コンピューター・コントロール・システム》の画像は、作品を所蔵している福岡アジア美術館へメールで依頼した。後日、返信メールに添付されていた「福岡アジア美術館撮影等許可申請書 所蔵作品用.pdf」に所要事項を記入・捺印し、改めて作品画像借用の依頼を送信した。著作権については、美術館広報の取り扱いとなり、サンミン関係者から許諾を得ることはなかった。作品画像は、美術館よりメールで頂き、ダウンロードして画像を入手(Tiff、40.0MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。画像借用料無料。掲載期限なし。
iMac 21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって、モニターを調整する。福岡アジア美術館のWebサイトにある作品画像を参考に、Photoshopで色味の調整を行ない、作品の外側を切り取った(Jpeg形式27.6MB、300dpi、8bit、RGB)。美術館から送ってもらった画像は「2776.tiff」「2776_カラーチャート_tiff」「2776b.jpg」の3画像だった。それぞれ、額付・カラーガイドなし、額付・カラーガイドあり、額無・カラーガイドなし、と違いがあったが、「2776.tiff」を選択した。その理由は、解像度がみな同じだったため、ピクセルサイズが大きいTiffを選択し、カラーガイドが作品上に写り込んでいない画像のほうを選んだ。作品画像を複数提供してくれる美術館は珍しく、画像利用者にとって選択肢があり、有難い。
セキュリティを考慮して、高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」を用い、拡大表示を可能としている。

 

参考文献

・五十嵐理奈「土曜エッセー ヤンゴンの熱気」(『西日本新聞』、西日本新聞社、2012.8.18、p.11)
・図録『現代アジアの作家 Ⅵ もっと自由に!――ガンゴー・ヴィレッジと 1980年代・ミャンマーの実験美術』(福岡アジア美術館、2012.12.13)
・『TRANSIT 20号 美しいミャンマーの宝もの』(講談社、2013.3.8)
・Webサイト:五十嵐理奈「サンミンの見果てぬ夢――ミャンマー現代美術調査記」(『アジア近代美術研究会会報:しるぱ』Vol.3、九州大学、2018.2.1、pp.11-13)2025.3.5閲覧(https://hdl.handle.net/2324/2236697
・Webサイト:山本文子「サンミン少年とその時代~1950年代から1960年代にかけてのビルマの美術教育」(『アジア近代美術研究会会報:しるぱ』Vol.3、九州大学、2018.2.1、pp.13-16)2025.3.5閲覧(https://hdl.handle.net/2324/2236697
・Webサイト:「Feature Artists San Minn」(『T.H.E.O. Arts Professionals』)2025.3.5閲覧(https://www.theoartsprojects.com/san-minn
・Webサイト:「SAN MINN」(『OCULA』)2025.3.5閲覧(https://ocula.com/artists/san-minn/
・Webサイト:「サンミン コンピューター・コントロール・システム」(『福岡アジア美術館』)2025.3.5閲覧(https://faam.city.fukuoka.lg.jp/collections/2623/

 

掲載画家出身地マップ
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2026年3月