会期:2025/11/29~2026/01/18
会場:長野県立美術館[長野県]
公式サイト:https://nagano.art.museum/exhibition/keizo-kitajima-borrowed-place-borrowed-time

長野県立美術館で「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」が開催された。1階には白シャツに白背景の様式で人物を撮影する「PORTRAITS」、2階にはソ連崩壊期の共和国に暮らす人々を撮影した「USSR 1991」がそれぞれの壁面に沿うかたちで目立ち、ともに部屋の中心には北島の初期の活動である「写真特急便」と関連作品が配置されていた。

2階の後室では国内のさまざまな場所で風景を撮影した「UNTITLED RECORDS」を、北島の文章とともに掲載した雑誌の印刷物と大判プリントの両方から見ることができた。また2階の会場外の通路には、北島の写真が肖像と風景へ分岐していく予兆とされる「A. D. 1991」のストリートスナップが並んでいた。

「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」会場風景[筆者撮影]

本展のタイトルとなった「借りた場所、借りた時間」は、1959年に文筆家のハン・スーインが香港を形容した言葉から取ったもので、北島が過去に2度引用した経緯から選ばれたという★1。イギリスから中国に返還される前の土地を表わす言葉は、本展においてはソ連という膜で覆われた共和国を写した「USSR 1991」から個人規模の経験、「沖縄を撮る資格がない」と若き北島が糾弾された「写真特急便 沖縄」にまで通底している。

また東日本大震災を境に「PLACES」から「UNTITLED RECORDS」にタイトルを改め、被災地を含む国内の風景を撮影したシリーズは、福島原発が首都圏に供給する電力を作っていたことから、福島という土地を東京が借りているといえた震災時の視点も思い起こさせる。そもそも写真における「写す」が、景色を借りる行為であるとまで立ち戻れば、金銭に紐づかない動詞としての「借りる」の現代的な有効性と、それにつきまとう問答の最中に身を置く行為としての撮影行為が顕になる。本展は風景を撮影する北島自身の様子を捉える映像作品で終わるが、「UNTITLED RECORDS」が土地とどのように向き合えるかという撮影行為のプロセスを内在化させる試みだったことにも通じる会場構成になっている★2

「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」展示作品[筆者撮影]

「UNTITLED RECORDS」には建物のポートレイトという印象を持ってきた。本シリーズの多くが画面の中心に建物そのものや、色や素材の対比といった構図的な特徴を据えることから、そうした印象が生じるのだろうと思っていた。しかし本展がたどる北島の作歴からは異なる状況が見えてくる。新宿やコザのストリートスナップから始まり、路上ですれ違う人を撮ることの是非を「NEW YORK」では自らの立ち位置を変えることで克服しようと試み、人を撮ることと場所を撮ることが離反し得ないという経験が彼の風景写真に特徴を与えているように感じられる。

「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」展示作品[筆者撮影]

「UNTITLED RECORDS」は、素材や色、状況の対比、たとえば胴縁の木と電線の並列といった対象同士の関係を主題化し、その関係性によって構図を決定している。給水塔などを撮るベルント&ヒラ・ベッヒャーも対象を画面の中心に据えるが、その撮影対象の巨大さから車などの周辺物が矮小化し、彼らの写真はスター写真のブロマイド的である。対して「UNTITLED RECORDS」が独立した対象ではなく、対象同士の関係性が構図において調和する状態を捉えていることに注目すると、ストリートスナップにおける人が場所に置き換わり、都市を歩く人々を瞬間的に接写する時間感覚を何年もかけて朽ちてゆく小屋や繁茂する植物を三脚で捉える時間感覚へ適用した、風景のスナップショットに見えてくる。

2012年1月から連載を開始した「UNTITLED RECORDS」の第一回は、震災前の2008年と2009年に撮影した八戸の写真から始まる。その選択には被災の前後で撮り方を変えないという無言の宣言が窺える。道路やフェンスなどの人為的な対象を捉え、人が生活する場所をどのように撮ることができるかをめぐる北島敬三の写真は、風景写真であっても人との対峙が拭われることがない。

鑑賞日:2025/12/12(金)

★1──厳密には、2005年に開かれた北島の個展名称のほか、北島との共同連載「魔界の新地図」における宮田諭の文章に登場する。
★2──北島は「UNTITLED RECORDS」に関するインタビューにおいて、作品という形態を作り上げていくプロセスを意識し、「写真をやっている人間が震災などを通して何を考え、何ができるのか迷う姿そのものを記録してみたい」と述べている。(第41回土門拳賞 北島敬三氏「UNTITLED RECORDS」 解体する日本の風景、毎日新聞、2022年3月21日、URL=https://video.mainichi.jp/detail/video/6301158793001