早いもので、熊本地震から10年が経つ。2016年4月14日の前震の翌日、美術館に出勤して点検や復旧作業にあたった内容を急ぎ追記して送った、2016年4月15日公開のキュレーターズノートをいま改めて読むと、4月末には美術館を再オープンしようという意気込みであることがわかる。当時は、まさかその翌日に本震が来るとは、夢にも思っていなかったのだ。「地震は二度来ることがある、それを見込んだ対策を」、これは熊本地震から得た一番大きい教訓で、県外から視察などに来られる方に何度も繰り返し語ったことのひとつである。
災後、美術館の存在意義
その経験をきっかけに、学芸員としては、その行動様式のなかに「地震対策」が、強く刷り込まれた。熊本の地震は幸いなことに美術館の開館していない夜間だったが、来館者や職員が安全に避難できるか、いまこの瞬間に揺れが来たとしても危険がない状況に作品や設備が整えられているかなど、つねに気にするようになった。展示作業中でも、「もし、いまグラッと来たら嫌だからね」と作業スタッフ同士で声を掛け合い、その場でできる安全対策を取ることがごく普通の日常になった。
宮井正樹《Untitled》(2016)
それ以外にも、この10年で大きく変化したと感じるのが、「災後における美術館の役割」である。熊本地震の2年後に発行した、熊本市現代美術館の復旧活動の経緯をまとめた記録集『地震のあとで 美術館を、美術館として開ける。』(2018/※リンク先PDF)では、可能な限り速やかに作品の保全や館内の安全点検を行ない、本震から24日後の5月11日に、美術館のフリースペースを再オープンさせ、その後メインギャラリーなどを順次開けていった経過を綴っている。当時は、学校などがようやく再開され始めていたが、依然として体育館は避難所として使用されており、美術館のある中心商店街も瓦礫が残り、開いている店舗もまばらであった。「美術館を開けるなど時期尚早」とお叱りを受けるのではとも危惧したが、オープン初日には214名の市民が来館し、同年は開館史上1位となる入場者数となった。
当時の事務局次長の岩崎千夏は記録集の末尾(p.78)にこう記している。「文化施設もアートも、地震直後は何の役にも立てなかった。しかし緊張が続き、精神的な疲労が蓄積していく状況の中でこそ、いつでも立ち寄ってほっと一息つける場所として、いち早くすべての市民に対して開いていたい。そして、ここでの体験によって前を向くきっかけを得たり、リフレッシュしたりして、また日常と向き合う力を得てほしい。心からそう感じた」。熊本地震の経験は、いわゆる「箱」として、美術品を守り、次世代に伝えるという美術館のそもそもの役割を全うするだけでなく、人が集いコミュニケーションする「場」としての役割を持つことに、職員全員が自信を持って取り組む機会ともなった。
熊本の「文化的処方」を模索する
熊本地震から5年後、コロナ禍の真っ只中の2021年に日比野克彦館長が着任して以降は、令和2年7月豪雨後に実施した体験型シンポジウム「災害時のアートインフラを考える」(2021)、熊本市第8次総合計画展シンポジウム「ライフラインとしてのアート」(2024)など、継続的に被災地の経験をシェアし、次の「災後」に備える取り組みを行なってきた。そして、それらの取り組みは、現在ギャラリーⅢで開催中の企画展「熊本地震と文化的処方 ─私の心が動きはじめるとき─」(会期:2026年3月20日〜6月14日)へとつながる。

「熊本地震と文化的処方 ─私の心が動きはじめるとき─」フライヤー
「文化的処方」とは、東京藝術大学が中心となって進める、文化活動を「健康に欠かせない要素」と捉え、望まない孤独や孤立を遠ざけ、健やかな生活を支える考え方であり、実践の仕組みである。熊本においては、2025年から、東京藝大のほか、熊本市、熊本大学、熊本市現代美術館が、いままで意識してこなかったモノやコト、人が持つ多様性や奥深さの価値に気づき、それらを楽しむことによって、市民一人ひとりのウェルビーイングが高まることを実証・実装する熊本版文化的処方の研究開発を進めてきた。
互いにケアし合うことで、乗り越えられるもの
同展では、福島在住の詩人・和合亮一が、福島民報を通じて熊本日日新聞に掲載した《阿蘇山に》《一歩》《熊本城》《大きな手に》などの詩、写真家の宮井正樹による西原村の消防団員の姿を捉えた《Untitled》、被災地に向かう道とそこに浮かぶ太陽を点描で描いた熊谷有展による《Rise again-the sun also rises-》、熊本市動植物園で被災した動物たちと職員の動きを綴ったコーダ・ヨーコの絵本原画《どうぶつたちもこわかった》、天草・丸尾焼の金澤佑哉・宏紀・尚宜による、被災者に器を渡す代わりにそれを用いた食卓の写真を送ってもらう《〇о(マルオ)の食卓》、日比野克彦の段ボールベッドなどの作品のほか、熊本市職員向けプログラムDiversity on the Arts Projectで「こころの防災グッズ」や「防災人形劇」などを展示している。
「熊本地震と文化的処方 ─私の心が動きはじめるとき─」展示風景
それらのなかでも、熊本市民から寄せられた熊本地震にまつわる写真とエピソードの募集「私の心が動きはじめたとき」では、子どもの誕生や避難所の様子、割れた石膏像、食事の風景など、ごく普通の市民が見た、忘れられない災害時のひとコマが綴られているが、その展示を見た来館者からの「水が使えた日 本当にうれしかった 水源大事ですね」「関わることもなかったであろう人から地下水もらったり、おにぎり頂いたり、助け合いに感じた異様で不思議な感覚」のようなリアクションが付箋で貼られている。このような市民の体験や感想を集めて展示して共有し、コミュニケーションを促すような動きは、東日本大震災後、本展でも協力いただいている「3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン!)」などで顕著になった。こういった対話の場をつくり、ケアすることはとても手間がかかる。けれども、そこから生まれる関係性というセーフティネット、そして、市民が互いにケアし合うことで、社会全体のレジリエンスを高めることの重要性を災害時に痛感した結果であるといえる。
「私の心が動きはじめたとき」。市民から寄せられた熊本地震のエピソードと、そこに添えられる来場者からのコメント
「避難所生活から気分転換をしたくて、絵を見にやってきた」「母子で日中の居場所を求めて、美術館の子育てひろばにきた」「毎週月曜に無料の映画を見て、帰りにデパ地下に寄るのが楽しみ」「ボランティア活動が生きがい」……地震の後でも、そうでないときでも、美術館には、さまざまな市民がやってこられる。ひとりでもいい、誰かとつながってもいい。美術館が、そういった多様な人々を受け入れる、寛容性や包摂性を持った場であり続けること。熊本地震から10年を経て、美術館における心の復興とは、未来を創造し続けるプロセスそのものへと変化したと言える。
熊本地震と文化的処方 ─私の心が動きはじめるとき─
会期:2026年3月20日(金・祝)〜6月14日(日)
会場:熊本市現代美術館
公式サイト:https://www.camk.jp/exhibition/
◆写真・エピソード募集「熊本地震から10年-私の心が動きはじめたとき」
https://www.camk.jp/region/cultural/kumamoto-quake-10yrs/
※募集期間:2026年6月14日[日]まで
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