会期:2023/10/20~2023/10/30
会場:宇陀松山会館[奈良県]
公式サイト:https://hanarart.jp/2023/uda.html

たびたび、イラストレーターの山本悠から「棍棒を振りかぶる人々」の短い動画が共有されていた。はてなと思っていると、その人々の取り組みの真相がわかるということでわたしは「奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2023」と同時開催されていた宇陀松山会館の「棍棒のふるさと展」へ向かった。なんとか到着した会館の前には小さな人だかりがあった。重そうな木の棒を太い幹目がけて振り下ろしている人が中心にいる。棒と幹が当たって、カゴンと鈍い音がする。彼らが振り下ろしていたものは「棍棒」だ。わたしも管理人に幾ばくか支払いヘルメットと棍棒を借り受け、幹に向けて棍棒を全力で叩きつける。カポ。カコ。カコ。己の理想とかけ離れた非力な音と幹の微動だにしなさに引き際がわからなくなる。持ち手は思いのほか太く、うまく力が入れられない。ひっそりと借用物を返却し、会場に入ることとした。

会場写真[筆者撮影]

会場には多様な棍棒が並んでいる。それらはいずれも木製だった。「棍棒のふるさと展」と銘打つに相応しい。あらゆるものを殴るための鈍器として堂々たる重心比率を感じさせる形状のものもあれば、木の枝の分岐をそのままにすることで自立するオブジェのような棍棒もある。とはいえどれも持ち手部分がなめらかに削られ、「棍棒」という形式の模索とその飛躍の試行錯誤が伺える。

と棍棒ばかりに気持ちが向いていたが、しばらくすると会場に散見される赤いユニフォームが気になってきた。会場の中央にある映像で、00年代に燦然と輝くアイドル的アーティストの曲と共に、それと同じものを着用した人物たちが何かに興じている様子が流れる。彼らが取り組むのはスポーツ「棍棒飛ばし(KONBOU)」だ。

観戦も参加もしたことがなくて恐縮だが、「棍棒飛ばし」とは2021年8月に考案された、2チームによる攻守入れ替わり制の、大きい棍棒で小さい棍棒を飛ばすというスポーツである。「棍棒台」に置かれた「被打棒」に「殴打棒」を上から振り下ろすことで所定の範囲に飛ばし、その飛距離で5点、6点、7点……と得点を競う。その様子は野球に少し近いと言えるだろう。ここでの棍棒は全日本棍棒協会から借用しても、自作しても良い。というか、スポーツ用具を自作できるのだ。

攻撃側は飛ばした「被打棒」が守備側である「撃墜者」にキャッチされたらマイナス5点になる一方で、守備側が持つ「撃墜棒」で、飛んできた「被打棒」を得点圏外に吹き飛しても防衛として成立する。このスポーツ、ほとんどすべてが棍棒と人体で構成されている。

2023年10月7日に奈良の宇陀で開催された「ZNKK X CUP 2023 第1回 全日本棍棒飛ばし選手権大会[ザンク・エクス・カップ]」では個人戦と団体戦が行なわれた。大会に申し込んだ個人と全日本棍棒協会に加盟するチーム(今回は4チーム)が参加資格をもち、活況を呈したようだ。ルールの詳細はウェブサイト「全日本棍棒協会」で公開されているのだが、ここでは「全日本棍棒協会に加盟」するための要件、下記の2と7に注目したい。

加盟要件2:

市町村以下の範囲でホームタウンを設定し、当該地域内でホームグラウンドを確保していること。

加盟要件7:

チームとしてホームタウン内の山林整備に関係していること。

なんとこの「棍棒飛ばし」は、「ホームタウン内の山林整備」と不可分だというのだ。なるほど、「被打棒」をよりよく飛ばす棍棒をつくり出すためには山林整備は欠かすことができないだろう。あるいは、人工林の手入れ不足による災害リスクや行政が所有者を特定できていないという管理リスクといった、広く知られた問題を軽減しうる山林整備の副産物としてよき棍棒が生まれる。そして重要なのは、ここでの「良い」という価値判断はおそらく、無数のロジック(試合/用途/個人)によって、無数の棍棒を求めるだろうという点だ。

「棍棒のふるさと展2」に並んでいた棍棒たちの多くは、会場内に置かれていた冊子『棍棒入門』(全日本棍棒協会、2022)にその図版と材質、来歴、評価とその理由まで記されていたように思う。『棍棒入門』には秀・優・良という評価を受けている棍棒が掲載されていたが、そのうち「秀」には、いくつかの傾向があった。雑駁にまとめてみると、《クイオブラ(カシ、92cm)》や《ドリル棍棒(カシ、78cm)》のような、そもそも伐り出しの時点で唯一無二の棍棒の形状となることが見て取れることや入手上の困難さといった奇跡型。《マンモスの骨(カシ、77cm)》や《クソデカモスチキン(ブナ、50cm)》のような実用性を伴わないながらも表象/表現としての驚きを与えてくれる造形型。「棍棒飛ばし」の各競技で威力を発揮する形状をもつKONBOU型、《桜大棍(ヤマザクラ、200cm)》のような棍棒が棍棒たる暴力的破壊力を約束する殴性型。鑑賞性と攻撃力を兼ね備えたバランス型……とでも言えるだろうか。ある種バラバラな軸での突出が認められるとき、全日本棍棒協会は「秀」を付与するようだ。

200年、100年先と共にある森林整備と棍棒の出会いは始まったばかり。冊子から伺える棍棒批評の破竹の勢いは、これからも新たな棍棒評価の軸が生まれていくことを予感させるのに十分である。感知し得ない遠いとおい未来に、諸種棍棒があらんことを。


参考文献

・『棍棒入門』(全日本棍棒協会、2022)
・片野洋平「過疎地域における放置林の発生条件」(『林業経済研究』62巻3号、林業経済学会、2016、pp.21-30)2024.3.10閲覧(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jfe/62/3/62_21/_pdf/-char/ja
・中里太一+野口俊邦「森林所有者の不在村化と森林管理問題」(『林業経済』60巻5号、一般財団法人林業経済研究、2007、pp.1-12)2024.3.10閲覧(https://www.jstage.jst.go.jp/article/rinrin/60/5/60_KJ00008661056/_article/-char/ja/

鑑賞日:2023/10/29(日)