1988年、ニューヨークのレオ・カステリ画廊で開催されたM・ビドロの個展は大いに物議をかもした。会場を埋め尽くした作品のことごとくは、ピカソの諸作品を精妙に模倣したものであり、しかもそれらのすべてに「これはピカソではない」と人を食ったタイトルが付けられていたからである。もはや引用の域を超え、略奪と呼ぶ以外にはないこの暴力的な技法は、当時流行していた音楽の技法をもじってサンプリングと呼ばれるようになり、売れないコンセプチュアル・アーティストだったビドロは一躍その寵児として注目を浴び、それ以前のカンディンスキーやポロックのコピー作品も議論の対象となった。サンプリングが贋作と異なるのは、無論その挑発的な命名による裏返しの自己言及性ゆえである。オリジナリティを絶対視するモダニズム芸術観の対極にあるこの技法は、すぐさまシミュレーショニズムを体現するものとしてその代表的技法に数えられるようになったが、あるいはその起源は、R・マグリットの《これはパイプではない》にあるのかもしれない。
(暮沢剛巳)
関連URL
●M・ビドロ http://www.paolocurti.com/bidlo/bidlo.htm
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