瞑想色の強い仏教の一流派の禅宗が、現代芸術との接点を持つのは1960年代のアメリカにおいてである。ポスト工業社会を迎えたこの時代のアメリカは、泥沼化したヴェトナム戦争への厭戦観に満ち、黒人運動、女性運動、ヒッピー・カルチャーなど従来の権威、合理主義への反発に根ざしたカウンター・カルチャーが花盛りであった。禅の持つ神秘性と前近代性は、そうした気運の中でひとつのオルタナティヴとして受容され、モダニズム批判のコンテクストを求めていた現代芸術に対してもインパクトを持つようになった。最も著名なのが、東洋的な色彩の強かったフルクサスの諸活動であり、具体的な作家名としては、鈴木大拙とも関わりのあったJ・ケージを挙げることができる。もちろん、この受容の在り方は純思想的な見地に立てば多くの誤解を孕んでいる。しかし、禅の持つ前近代的な側面が前衛へと書き換えられることによって、禅と接したこの時代の現代芸術は紛れもなく豊かな成果を獲得した。80年代のポストモダニズムを先取りする未来志向的な誤読であったと言えよう。
(暮沢剛巳)
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