演出
- Staging
- 更新日
- 2024年03月11日
上演を主導する戦略・技術・役割のこと。西洋において芸術活動としての「演出」概念が確立されたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのことで、最初の演出家と言われるザクセン=マイニンゲン公ゲオルク2世は、舞台・衣装・小道具・演技の各要素が戯曲の筋や時代と調和的に統合される演出プランを彼の一座に徹底させた。さらに、フランスのアンドレ・アントワーヌ、ロシアのコンスタンチン・スタニスラフスキーといった演出家は、ドゥニ・ディドロ流の自然主義リアリズムに基づき、客席から自律した「第四の壁」の内側に「現実のイリュージョン」を上演/表象することを目指した。彼らは客席に向けた俳優の独演や拍手に対する返礼、絵画的な背景幕をはじめとした劇場の約束事に疑問符を投げかけた。それに代わり、現実の社会環境を反映する造形的な舞台装置のデザイン、その環境に置かれた登場人物が自らの内的真実を生きる演技術を主導した。しかし、それが戯曲文学の解釈に依存した舞台化の技法でしかないことを痛烈に批判したのが、イギリスのゴードン・クレイグである。彼は『演劇芸術論』(1911)のなかで、動き・言葉・線・色・リズムといったマテリアルの有機的全体として劇場芸術が戯曲から自律すべきであると主張した。ドイツの演劇学者エリカ・フィッシャー=リヒテは、クレイグの演出が戯曲を視覚化する「表現の戦略」ではなく、人や物や音の現象そのものを現在化する「産出の戦略」であると定義した。その演出観は1960年代末以降のアヴァンギャルドが成し遂げた「パフォーマンス的転回」の先駆となり、俳優と観客の身体的共在(集まり)を条件とした予測不可能な上演、すなわち「出来事」が起こりうる状況の構想というところまで「演出」の概念は拡張される。こうした出来事の「演出」は、宗教儀礼、政治集会、スポーツ、ニュース、ミュージアムといった文化的パフォーマンスの上演形式全般に伴う変容経験を主導する行為であるといえる。
補足情報
参考文献
『ヨーロッパ演劇の変貌 ゲオルク二世からストレーレルまで』,山内登美雄編,白凰社,1994
『芸術におけるわが生涯 上・中・下』,スタニスラフスキー(蔵原惟人、江川卓訳),岩波文庫,2008
『俳優と超人形』,エドワード・ゴードン・クレイグ(武田清訳),而立書房,2012
『身体化される知 パフォーマンス研究』,高橋雄一郎,せりか書房,2005
『あそびとつくりごと1 戯曲は作品であると東京の条件とそのほかの戯曲』,「ポストコンテンポラリーアート マニフェスト」,岸井大輔,PLAYS and WORKS,2019
『パフォーマンスの美学』,エリカ・フィッシャー=リヒテ(中島裕昭ほか訳),論創社,2009