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偶然性の音楽

Aleatory/Chance music
更新日
2024年03月11日

1950-60年代に流行した作曲、演奏、聴取などの音楽実践における、偶然性を重視する音楽。いかなる偶然もない音楽実践は厳密にはありえず、また歴史をさかのぼれば18世紀に流行したサイコロを使う作曲ゲームのような例がある。しかし、音楽実践において偶然自体の意義が強調されたのは20世紀以降であり、その理解は50年代に大きく二つに分かれた。ひとつは音を人間のコントロールから解放し、「自然を作動方式において模倣する」(J・ケージ)手段として偶然をとらえる理解であり、もうひとつは偶然をあくまで音のコントロールの手段とみなし、「管理された偶然性」(P・ブーレーズ)を重要視する理解である。ケージを中心とする実験音楽家、ニューヨーク楽派の作家が前者の立場を代表する。アメリカにおける偶然の導入はC・アイヴズやH・カウエルが彼らに先んじるが、偶然に明確な意義を与えたのはケージであり、「チャンス・オペレーション」を使用した彼の《易の音楽》(1951)が最初の偶然性の音楽作品とされる。ケージとブーレーズの交流やケージ訪欧などを通して、偶然に対する関心はダルムシュタット夏期現代音楽講習会に集まる前衛音楽家にも浸透していく。ただし、ブーレーズやK・シュトックハウゼンらは偶然の第二の理解、つまり作品に柔軟性をもたらすコントロールの手段として偶然をとらえる理解にもとづいて、作品に偶然を取り入れた。前衛音楽家は「チャンス」ではなく、サイコロを意味するラテン語を語源とする「アレアトリー」という語を使うなど、50年代後半には偶然の二つの理解が意識的に区別されるようになり、実験音楽と前衛音楽を分かつ指標のひとつになっていく。60年代を過ぎると前衛音楽における偶然性の用法は勢いを失うが、実験音楽における偶然性の用法はフルクサスをはじめとする非音楽家にも波及していった。

補足情報

参考文献

『サイレンス』,ジョン・ケージ(柿沼敏江訳),水声社,1996
『ブーレーズ音楽論 徒弟の覚書』,ピエール・ブーレーズ(船山隆、笠羽映子訳),晶文社,1982
『現代音楽 1945年以後の前衛』,ポール・グリフィス(石田一志、佐藤みどり訳),音楽之友社,1987
『実験音楽 ケージとその後』,マイケル・ナイマン(椎名亮輔訳),水声社,1992
『現代音楽を読む エクリチュールを越えて』,ホアキン・M・ベニテズ,朝日出版社,1981