『建築の多様性と対立性』ロバート・ヴェンチューリ
- Complexity and Contradiction in Architecture, Robert Venturi
- 更新日
- 2024年03月11日
『建築の多様性と対立性』(1966)は、近代建築の純粋主義にいち早く異を唱えた人物として知られるアメリカの建築家ロバート・ヴェンチューリによる著作である。建築・都市デザインにおいて、形態の単純性や幾何学的な純粋性の表現が主流であった1960年代に、ヴェンチューリは二者択一よりも両者共存、中世の西欧に見られるような多様性や時には対立する要素を含む建築の良さを見出そうと試みた。ヴェンチューリによる「less is bore」という言葉は、近代の建築家のなかでも特に徹底して純粋化、単純化を目指したミース・ファン・デル・ローエの「less is more」を皮肉ったレトリックである。建築史家ヴィンセント・スカーリーは、本書は建築単体から都市全体に至るまで禁欲と純粋さを求めたル・コルビュジエの著作『建築をめざして』(1923)以来の名著であるとしている。ヴェンチューリは歴史上の建築を事例とし、複雑さや矛盾による魅力をつぶさに解説する一方で、単純化されすぎた近代建築の陳腐さを批判する。また同著の後半では、自身の理論を具現化した作品の解説を試みている。ただし、ヴェンチューリは単に無秩序を肯定しているわけではなく、「複雑な統一性」をもってはじめて多様性と対立性が意味を持つとしている。こうしたヴェンチューリの思考の土台には、彼が師事していたルイス・カーンの言う「主空間」と「従空間」の対立性や、フレキシブル・スペースに加えデザイン的に無視されがちな建築設備をも確たる建築空間として捉えるという多様性の観点が影響を与えたとも言われている。ヴェンチューリは本書と、ラスベガスの一見俗悪に見える商業建築に着目した『Learning from Las Vegas』(1972、邦訳=『ラスベガス』)において、80年代に主流となるポストモダニズムをいち早く予見していたと言える。
補足情報
参考文献
『ラスベガス』(SD選書),ロバート・ヴェンチューリ(石井和宏、伊藤公文訳),鹿島出版会,1978
『マトリクスで読む20世紀の空間デザイン』,矢代眞己ほか,彰国社,2003
『建築の多様性と対立性』(SD選書),ロバート・ヴェンチューリ(伊藤公文訳),鹿島出版会,1982