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ドキュメンテーション

Documentation
更新日
2024年03月11日

美術においては、映像、写真、素描、文書による作品関連の記録のことであるが、二つの意味を持つ。第一には、美術館・博物館・研究機関・関連メディアがそれぞれの役割のうちで残す展覧会・制作過程・作品背景などの記録であり、第二には、直接体験が困難な作品を作家に所属するものとして鑑賞者に提供する記録である。後者について言えば、ランド・アート、コンセプチュアル・アート、パフォーマンス・アート、ゲリラ・アートなどのうち、野外で行なう必然性のあるものや一回性が重視される芸術行為において特に用いられる。例えば、R・スミッソンの巨大なランド・アート《螺旋状の突堤》(1970)、あるいはJ・ボイスのサイト・スペシフィックともいえるアクション《私はアメリカが好き、アメリカも私が好き》(1974)などの映像記録が代表的なものとして挙げられる。さらに、それらはいまや直接体験が不可能であるがゆえに、「作品の記録」が「記録の作品」となる典型的な事例でもある。また、そうしたドキュメンテーションの存在が美術市場における流通可能性を開くことにもなった。とりわけ、野外における大規模プロジェクトを手がけるクリストや川俣正のように制作資金調達のために作家自らが記録した素描や文書を展示・販売する場合には正当性も伴う。その一方で、作家自身の記録であっても美術館に収まらない作品づくりの原点には市場批判が含まれていたとする指摘はある。さらには、ベンヤミンの『一方通交路』を受けて、アドルノが「ベンヤミンによって強いてなされた芸術作品と記録の区別は、それ自体において形式法則によって決定されていないような形成物を拒絶する区別である限り、なお十分な根拠を持つ」と主張したような美学上の問いも依然存在するだろう。美術表現の多様化に加えて記録の発信方法にも選択肢が増えた現在、複雑化した状況を踏まえたドキュメンテーションの議論が求められている。

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参考文献

Asthetische Theorie,Theodor W. Adorno,suhrkamp,2003
『美の理論』,テオドール・W・アドルノ(大久保健治訳),河出書房新社,2007
『一方通交路 ヴァルター・ベンヤミン著作集10』,ヴァルター・ベンヤミン(幅健志、山本雅昭訳),晶文社,1979