パブリック・スフィア
- Public Sphere
- 更新日
- 2024年03月11日
ドイツ語の「Öffentlichkeit」の英訳語である。日本語ではかつて「公共性」とも翻訳されてきたが、他の語との混同を避けながらより本来の言葉に含まれる空間性を捉えるべく、現在では「公共圏」と訳出されるのが常である。英米語圏では同様の意味合いで「パブリック・ライフ(public life)」という語が長らく用いられてきたが、代わって登場したパブリック・スフィアはそこに新しい視点を付与している。原語と訳語との対応関係を含め、この用語の成立には社会学者ユルゲン・ハーバーマスとその著作『公共性の構造転換』が大きな役割を果たしている。ハーバーマスによれば、私的領域と公的領域の分離、あるいは国家と社会の分離という近代の基本構図において、パブリック・スフィアはその両者のあいだに存在して媒介項となるという。そこは言説や表象を通したコミュニケーション的行為によって新たな帰結=世論を生み出す、主体的・相互的行為の空間である。
もともとは18、19世紀ヨーロッパにおける社会構造を基盤にした概念だが、現代の発達したマスメディアや多様化する大衆文化に支配される新たな状況下では、大きな変質を遂げている。また、ハーバーマスによって理想化されているものの、この空間がジェンダー・階級・人種に基づく差別や排除のシステムを備えているという側面は見過ごせない。こうした公共圏の中で「公共物」としてのアートはどのように振る舞い、どのようにパブリックであるのか、あるいはないのか。今なお多くの問題を提起する概念であると言える。
補足情報
参考文献
『ハーバーマスと公共圏』,クレイグ・キャルホーン(山本啓、新田滋訳),未来社,1999
『公共圏という名の社会空間 公共圏、メディア、市民社会』,花田達朗,木鐸社,1996
『メディアと公共圏のポリティクス』,花田達朗,東京大学出版会,1999
『公共性の構造転換 市民社会の一カテゴリーについての探求』,ユルゲン・ハーバーマス(細谷貞雄、山田正行訳),未来社,1990
『コミュニケイション的行為の理論』,ユルゲン・ハーバーマス(河上倫逸訳),未来社,1985