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『美術八十年史』森口多里

Bijutsu Hachiju-nen Shi, Tari Moriguch
更新日
2024年03月11日

美術評論家の森口多里(1892-1984)による、明治期から太平洋戦争直後までの日本近代美術の通史を著わした本。1954年に美術出版社から発行された。本書は、もともと43年に鱒書房から上梓した森口の『美術五十年史』を旧版として加筆したものであるが、旧版にあった軍国主義的な語り口は新版では影を潜め、新たにプロレタリア美術、前衛美術会、職場美術を含めるなど、戦後の時代感覚をいくらか反映している。森口は早稲田大学文学部を卒業し、40年近い美術評論家の活動を通じて、日本近代美術史を同時代のものとして見てきた。佐伯祐三や福沢一郎など多くの美術家と交友を持っていたが、本書はどの派にも偏らず、学術的な調査記録となることを目指して書かれた。その内容は、日本画・洋画・彫刻・工芸を含めて、美術学校・博覧会・美術団体・美術館といった制度史にも目を配り、それらの複雑な歴史にひとつの道筋をつけて初めて総合的な日本近代美術史を編んだという点で画期的であったといえる。また、「美術」という言葉が明治に生まれた翻訳語であることを論じた点、いまではほとんど忘れられた近代南画の重要性を指摘した点など、いまでも古びていない視点を多分に持っている。

著者

補足情報

参考文献

『美術八十年史』,森口多里,美術出版社,1954
『日本の近代美術』,土方定一,岩波書店,2010
『眼の神殿 「美術」受容史ノート』,北澤憲昭,ブリュッケ,2010
『日本近代美術論争史』,中村義一,求龍堂,1981
『続日本近代美術論争史』,中村義一,求龍堂,1982