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もの派

Mono-ha
更新日
2024年03月11日

1960年代末から70年代初頭にかけて現われた、「具体」と並ぶ戦後の日本美術史の重要動向。主に木や石などの自然素材、紙や鉄材などニュートラルな素材をほぼ未加工のまま提示することで主体と客体の分け隔てから自由に「もの」との関係を探ろうと試みた一連の作家を指す。作品を取り囲む空間を意識させる点では、60年代後半の「環境」への注目とも関係しており、インスタレーションの先駆ともいえる。関根伸夫の作品《位相-大地》(1968)が嚆矢とされたが、明確なグループが形成されたわけではない。関根以外の主な作家は李禹煥、菅木志雄、高松次郎、成田克彦、吉田克朗、小清水漸、榎倉康二、野村仁、狗巻賢二、原口典之、高山登らで、特に李を理論的支柱として展開した。グループを形成したわけでない以上、生前に自身はもの派でないと述べていた高松次郎など、作家、論者によってもの派と呼ぶ作家の範囲には幅がある。彼らに目立つ「作らない」姿勢は60年代の反芸術の延長にあった極北ともいえる傾向だが、現象学を援用した李の「あるがままの世界との出会い」、関根の「概念性や名詞性のホコリをはらってものを見る」といった老荘思想経由の言葉に代表されるような、哲学・思想との強い結びつきも大きな特徴。名称は当初蔑称として誰ともなく使われ始めたようだが、『美術手帖』70年2月号の作家達による座談会において「もの」という言葉が表面化した。「もの」は「物・物質・物体」に限らず、「事柄」「状況」までを広く含む日本語特有のあいまいな概念。「前衛芸術の日本 1910-1970」展(ポンピドゥー・センター、1986)でまとまった形で紹介され、国際的な評価も高い。とりわけ「見ること」(観想)の重視と「作ること」(作為)の消極性において日本における影響が大きく、アルテ・ポーヴェラやシュポール/シュルファス、アンチ・フォームといった同時代の海外動向との平行関係、後世への影響や起源などを研究する試みがなされているが、李、菅の二人がもの派の延長で2010年代に入ってなお旺盛に論理を深化させている状況を見ても、そのアクチュアリティはきわめて長期にわたっているといえよう。

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補足情報

参考文献

「もの派―再考」展カタログ,国立国際美術館,2005
『現代美術逸脱史:1945〜1985』,千葉成夫,晶文社,1986
「モノ派」展カタログ,鎌倉画廊,1986
『出会いを求めて──現代美術の始源』新装版,李禹煥,美術出版社,2000
「もの派とポストもの派の展開:1969年以降の日本の美術」展カタログ,多摩美術大学,1987
Requiem for the Sun: The Art of Mono-ha,Mika Yoshitake,Blum & Poe,2012