『立体派未来派表現派』一氏義良
- Cubism, Futurism, and Expressionism, Yoshinaga Ichiuji
- 更新日
- 2024年03月11日
大正期に出版された西洋美術についての解説書。著者は美術評論家の一氏義良(いちうじ・よしなが)、1924年にARS(アルス)社から刊行された。内容は、古代エジプトの造形から始まり、18世紀のヨーロッパ美術を経て、クールベ、印象派、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ルソー、マティス、ドラン、ピカソ、マリネッティ、シャガール、カンディンスキー、グロッス、アーキペンコ、クレーに至るまでを描く。同書は、シュルレアリスムが登場する直前のヨーロッパの美術状況を、そのはるか以前の歴史を踏まえて教えてくれるが、単に美術史の通史を述べたものではなく、暗に共産主義的な階級闘争や唯物史観を美術史に重ね合わせて論じた点で特徴的であった。同書で、一氏は「『芸術』はブルジヨア社会の生産物である」と定義し、「今や、外のすべてのブルジヨア社会の現象と同じように、『芸術』はその本体において動揺し、分裂し、激変しつつ、まさに自己解体、自己破壊の道をクライマックスに向かつて急ぎつつあるのだ」と論じた。そして、立体派、未来派、ダダイズムを「すでに、いはゆる『芸術』ではない」とし、それらを「脱しきれない『芸術』の殻を引きずっている新生物『X』」と呼んだのである。同書のこうした視点は、既存の美術から大きく逸脱していったマヴォや三科など、大正期新興美術運動のあり方にも大きく重なっていた。一氏は、この後27年の新ロシヤ展を招聘する際に尽力し、プロレタリア美術運動の勃興にも大きな役割を果たすことになる。
補足情報
参考文献
『日本プロレタリア美術史』,岡本唐貴、松山文雄,造形社,1967
『無産階級の画家 ゲオルゲ・グロッス』,柳瀬正夢,鉄塔書院,1929