慶長3年(1598)に島津義弘に従って渡来した朝鮮の陶工が薩摩焼を始め、京焼などの技術を取り入れて発展します。特に白色土を用い、釉薬に細かな貫入を生じさせる白薩摩は、薩摩藩の御用品として洗練されていきました。
慶応3年(1867)のパリ万国博覧会に出品された金彩の薩摩焼は、「サツマ」を欧米に広め、輸出の時代を築きます。その人気は、他産地での薩摩焼素地への上絵付や、薩摩様式での生産をもたらしました。東京や横浜、九谷、名古屋、京都、大阪、神戸、長崎でもサツマがつくられ、輸出されています。
西洋で語り継がれた、東の果ての黄金島伝説 — 人々はサツマに、遥か東方へのロマンを重ね合わせたのでしょうか。本企画展では当館所蔵品から、鹿児島のほか各産地でつくられた、金彩の輝く輸出陶磁器「サツマ」をご紹介します。