森鴎外が歴史小説の執筆を始めたのは、大正元年9月13日、明治天皇大葬の日に陸軍大将・乃木希典が殉死したことがきっかけです。わずか5日後、初めての歴史小説『興津弥五右衛門の遺書』を書き終え、続けて『阿部一族』『佐橋甚五郎』を執筆しました。同2年、この三作品を収録した初めての歴史小説集『意地』(籾山書店)を刊行します。既に文学者として豊熟期を迎えていた鴎外ですが、「観察」「時代の背景」「心理描写」に重点を置き、「新らしき意味に於ける歴史小説」(鴎外『意地広告文』)を試みました。
 『興津弥五右衛門の遺書』『阿部一族』では細川氏(熊本藩主)や家臣、『佐橋甚五郎』には徳川家康と家臣が登場し、それぞれが抱える意地を描いています。鴎外は歴史に埋もれた逸話を小説に蘇らせることで、自らが生きる時代や社会と向き合いました。
 大正時代の鴎外が執筆した江戸時代の物語を、現代の私たちが読むことで何が見えてくるでしょうか。館蔵資料や作品を読んだ文学者たちの言葉などをとおして、鴎外の『意地』のはなしの入り口へとご案内します。