「懐かしい」という感情は、どのような意味をもつものなのでしょうか。すでに失われた事物、あるいは戻れない土地や時を思う時、人は「懐かしさ」に駆り立てられるものです。また時に、直接目にした経験のない対象であっても、その写真などを前に、「懐かしさ」に似た、どこか親密な感覚がわき起こることもあるでしょう。
本展は、東京都立の美術館・博物館が所蔵する東京都コレクションの絵画、版画、写真等におさめられた大正期から現代にいたる日本の風景をたどることにより、人々がそれらの中に見出してきた「懐かしさ」とは何であるかについて、あらためて考えようとするものです。
川瀬巴水や土門拳が捉えた、近代化の中で消え去った大正・昭和戦前期の情景への「懐かしさ」、戦後一気に流入したアメリカ文化に対する「懐かしさ」、そして、高度経済成長を背景に均質化と変貌を繰り返す都市や郊外の街並みに向けられた「懐かしさ」。それぞれの「懐かしさ」は、時代も様相も全く異なるものであるにも関わらず、誰の心にも芽生え得る情感なのかもしれません。
このような過ぎ去った日々への思いは、私たちの心に人生への振り返りを促すものであり、人々への共感へと繋がり、生きる希望ともなり得るものではないでしょうか。「懐かしさ」の多様性と不変性に向き合う本展が、激動の日本近現代社会に生きる私たち自身を見つめ直す機会となれば幸いです。