子どもの姿を通して、人の内にある曖昧な感情を描きつづけてきた仙台生まれの画家・樋口佳絵の個展を開催します。
テンペラと油彩によってあらわれる繊細な層の重なりや、独特の色合い、皮膚の質感や表情は、さまざまな感情を宿し、見る人の記憶をそっと揺らします。

本展のタイトル「まよえるわたしたち」に登場するのは、羊の被り物をした子どもたちです。
床には、何かを処理しきれなかったり、手放せなかったりするものが、ふと置かれているようにも見えます。
その足元に引かれたラインや、背景に残る余白は、何を語ろうとしているのでしょうか。

それぞれが立ち止まり、考え、発信し、どこかへ向かおうとしている——
その姿は、私たち自身の姿にも、どこか重なって見えます。

“迷う”ということを、樋口は肯定も否定もせずに描きます。
ただその状態に光をあて、ひとりひとりの心の奥にある揺らぎを、そっと置いていく。
絵の中には、懐かしさと同時に、まだ終わらない現在が静かに息づいています。
何かをどうにかしたいと願いながら、迷いの中に立つ“わたしたち”。
その姿を静かに見守るようなまなざしが、画面の奥に静かに残されています。

答えは描かれず、ただ、見る人の中でゆっくりとそれぞれのかたちを見つけていく——
そんな時間を、ともに過ごせればと思います。