Statement
量子物理学者のカレン・バラッドは、「エージェンシャル・リアリズム」という概念を提唱し、世界は独立した個体の集まりではなく、むしろ分かちがたくもつれあった『現象』そのものであると語ります。1 招聘作家の早川祐太と大西伸明もまた、物質や現象ともつれる制作プロセスをとおし、この世界に潜む複雑な関係性を提示しています。本展は、彼らの制作をとおして、万物があらゆる関係性のなかで立ち現れるという視座をもちます。そして人間のみならず万物を「エージェント(行為する主体)」として顕在化させ、人間中心の視点から離れることで、世界との新たな関わり方を模索したいと思います。

早川祐太は、近代的な「個の表現」から距離をとり、「自然現象の構成に参入する」ことで彫刻をたちあげます。重力やメディウムを、「彫刻」が克服すべき外側の対象として捉えるのではなく、それらが有する力学や物性と作家自身の行為が分かちがたく絡まりあう「内部作用」の中から、一回性の現象を導きだしているのです。2 ペットボトルの回転運動から生じる重力、遠心力、そして水の均衡作用によって形作られる《apple》は、いわば諸力の力学が水に押しつけた「ネガ(痕跡)」としての彫刻です。その場に作用したエネルギーや環境のゆらぎによる「型おこし」は、一旦世界に境界をひき、現象として立ち現れます。本来は分かちがたい現象から、特定の形態をひととき顕在化させる早川の制作は、鑑賞者を世界の再構成の現場へと立ち会わせます。そして私たち自身もまた、世界を構成し得るエージェントであるという、あらたな実存の位相を提示してくれるのです。

一方、大西伸明は、版画技法を応用した精密な型写しと着彩によって、日用品の形態を徹底的に写しとります。見なれた既製品として現れるその作品が、じつは実体のない「型写し」であると気づいた瞬間、「既知の記号」の蓋ははずれ、行き場をうしなった私たちの視線はむきだしの物質へと投げだされます。大量生産された既製品を、あえて手作業で再複製するという、効率性からもっとも遠い場所であらたな個を立ちあげるプロセス。それは、モチーフになったモノにのこる使用者の痕跡、樹脂や絵具といった物質、そしてアーティスト自身の身体性が絡まりあった内部作用であり、この世界を再記述するための、新たな母型の切りだしに他なりません。
ガラスコップを写しとった《Glass》は、元のコップがふれてきた世界との関係性をその表面にトレースしています。本来液体をいれるための内側の空間は樹脂でみたされ、その無為の透明感は、役割や名前をはぎとられたモノがただそこに「在る」という圧倒的な事実を、「空(くう)」として顕在化させるのです。言葉や名前が追いつくよりも早く私たちに働きかけてくる、既成概念の崩壊と物質の初々しさ。この言葉を無化にさせる「表現体(エクリチュール)」との出会いが、世界とのあらたな関わり方を私たちに開こうとするのです。3

心理学者の河合隼雄は、日本の中空構造をたとえに、確固たる中心をもたないゆえに、対立や矛盾を排除せず共存させ得ると語ります。4 この中心の「空」は、虚無ではなく、周囲の関係性をたえず変容させるためのエネルギーに満ちた場であり、全体のバランスが保たれます。早川と大西の「型」による実践もまた、母型という他者に応答する、いわば他力本願な実践です。だからこそ、作品を中空として開くことができ、作品へ向けられる鑑賞者の意識は、すこしずつ作品を取り巻くまわりの世界へと向かわせるのではないでしょうか。
作品、メディウム、現象、そして鑑賞者。本展を構成するダイナミズムは、見るひとの捉え方によって無限に変容します。だからこそ、あなた自身を、この世界のもつれの一部、かつ未知の意味を立ち現れさせる「エージェント」として、本展にお迎えしたいと思います。


1)カレン・バラッド『宇宙の途上で出会う──量子物理学からみる物質と意味のもつれ』、人文書院、2023年、163–225頁参照。
世界の根源的単位を、独立した「物」ではなく、分かちがたくもつれ合った「現象」として捉えるエージェンシャル・リアリズム。バラッドは、物質を単なる固形物ではなく、関わり合いの中で意味や形が作られていく「進行形のプロセス」と定義します。人間もまた、世界を外から眺める観察者ではなく、世界を構成する流れの不可欠な一部にすぎません。それは仏教の「縁起」にも通じる視座であり、人間と非人間、主体と対象といった境界線は最初からあるものではなく、具体的な実践を通じてその都度引き直されるものであると語ります。

2) カレン・バラッド、同上。
通常の「相互作用(Interaction)」が独立したAとBの間のやり取りを指すのに対し、「内部作用(Intra-action)」は、関係性(もつれ合い)そのものが先にあり、その内部で作用し合うことによって初めてAやBという個別の境界が事後的に生まれるプロセスを指します。本展では、作家が素材を一方的に操るのではなく、作家自身もまた世界の一部として現象の再構成に参入しているという視点に立ちます。この「内的な絡まり合い」の実践こそが、人間と非人間の区別を超えた新たな世界の境界を切り出し、作品という形を創出しているのです。

3)ロラン・バルト『表徴の帝国』、筑摩書房、1996年、14頁参照。
バルトは日本での滞在を通じ、既成の認識や主体がゆらぎ、意味が引き裂かれた後に現れる表現の場を「エクリチュール(表現体)」と呼び、それを一種の「悟り(禅機)」であると語っています。それは、対象に貼り付いた「名前」や「役割」といった言葉が機能しなくなり、意味が空虚化したところで立ち現れる、純粋な表現のあり方を指しています。

4)河合隼雄『中空構造日本の深層』、中央公論新社、2024年、54–60頁参照。
河合は、日本人の心性や社会構造を、中心が「空」である「中空構造」として捉えました。強い意志をもつ中心が全体を支配・統合する西洋的なモデルに対し、中心を無為(空)に保つことで、対立する諸要素を排除せず、均衡のなかで共存させる構造を指します。中心をもたないからこそ、周囲の関係性に応じて全体がしなやかに変容しつづける、動的な安定感を生みだしているのです。


Exhibition
SUCHSIZE (大阪市西成区山王1-6-20) 
会期:2026年4月17日(金)〜6月13日(土)のうちの金・土曜 13:00〜18:00
*日〜木はアポイント承ります
料金:入場無料

Event①
早川 祐太×大西伸明 トークイベント
日時:5月16日(土)16:00〜17:30
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料 
※先着15名様は椅子席あり(予約不要)
※アフターパーティー有

Event②
篠原 雅武(社会哲学、思想史研究者)×早川 祐太×大西伸明 トークイベント
日時:6月13日(土)16:00〜17:30
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料 
※先着15名様は椅子席あり(予約不要)
※アフターパーティー有

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主催:SUCHSIZE
助成:大阪市
翻訳:和田太洋、Mary Lou DAVID
転載テキスト:沢山遼、清水穣


Yuta Hayakawa | 早川 祐太 (b.1984, Gifu, Japan)
1984年岐阜県生まれ。2010年武蔵野美術大学大学院造形研究科彫刻コース修了。「人間はどのように世界に存在しているのか」という問いを起点に、重力や空気、表面張力など物理的性質・現象を取入れて制作した彫刻、それらを組み合わせたインスタレーションを発表している。
主な個展に「ブラックボール」(HAGIWARA PROJECTS/東京、2025年)、「Shape for Shape」(Art Center Ongoing/東京、2020年)、「クリテリオム95 早川祐太」(水戸芸術館現代美術センター/茨城、2018年)、「i am you」(BANANAJAM/深圳・中国、2018年)、主なグループ展に「瀬戸内国際芸術祭2025」(瀬戸大橋エリア瀬居島旧瀬居中学校屋上/香川、2025年)、「でんちゅうストラット−つなげる彫刻」(平櫛⽥中彫刻美術館/東京、2021年)、「⼼ある機械たち again」BankART Station, BankART SILK/横浜、2019年)等。

Nobuaki Onishi | 大西伸明 (b.1972, Okayama, Japan)
日常の片隅にある物体の表面を、樹脂の皮膜として剥ぎ取り、再び形を与える。その精巧な彩色と、あえて露出させた樹脂の肌との対比は、私たちの認識の境界を揺り動かしていく。かつて富山県・発電所美術館の巨大な空間を占拠したミニクーパーやテトラポットから、手のひらに収まる錆びた釘や枯れ枝、椿の一葉まで。スケールを横断する卓越した技術は、ありふれた日常を「作品」へと変容させる。2011年からは岡崎和郎との対話を通じ、マルチプルという手法で世界を編み直す活動を続けている。
主な展覧会に、「あらゆる透明なユーレイの複合体」(真庭市蒜山ミュージアム/岡山、2025)、「注目作家紹介プログラム チャンネル2: 大西伸明 UNTITLED」(兵庫県立美術館、2011)、「LOVERS LOVERS」(入善町 下山芸術の森 発電所美術館/富山、2008)など。