フォーカス
交錯する都市社会と芸術表現──新局面を迎えたナイロビ現代アート
西尾美也/西尾咲子
2012年03月01日号
東アフリカはケニアの首都ナイロビ。植民地時代から独立後、現在にいたるまで政治経済的に困難な状況にさらされてきた都市で、21世紀になり現代アートと社会変革が手を携える興味深い動きが現われ始めている。はるか遠い印象のあるアフリカ現代アートの一端について、現地から報告する。
野生動物やマサイ族で有名な観光立国ケニアの美術というと、多くの人の頭に浮かぶのは、土産用アートとよばれる絵画や彫刻だろうか。軒先に所せましと並ぶソープストーン製の動物彫刻や、伝統衣装をまとう女性の肖像画、くず鉄を寄せ集めたジャンクアート。40以上の民族が共存するこの国では、ピアスや首飾りなどの装身具、祭祀や呪術に用いる仮面などの伝統美術も豊富だ。ナイロビのような都会を歩くと、看板や壁画、値札など、サインアートやウォールアートとよばれる絵がいたるところで目にとまる。
これらの民衆美術が日常にあふれているのとは対照的に、いわゆる現代アートが話題にのぼることは稀だ。その背景として、国家が充分な文化政策を実施してきておらず、公教育で美術を軽視し続けたことも一因にある。国内での発表や保存の場は少なく、国家によるアーティスト育成事業は数えるほど。同じアフリカといっても、国家が独立直後から積極的に芸術支援を牽引してきたセネガルとは大違いだ。そのせいかアーティストのなかには旧宗主国イギリスをはじめ、アメリカやオランダなど欧米諸国で学位をとったり、活躍の場を海外に求めたりする者も多い。国内における美術作品の需要は低く、鑑賞や購入を行なうのは外国人がもっぱらだ。
だがしかし、1990年代以降、ケニアの政治状況が一党独裁制から複数政党制へと変わるにつれて、現代アートに発展の兆しが見え始めている。一昔前には政府を称揚する芸術表現だけが保護され、団体設立が厳しく規制されたが、近年では自由で新しい芸術表現の場が増えて、さまざまなアーティストたちが精力的に活動を展開している。厳しい政治経済的状況を切り抜けてきたアーティストたちは、社会のあり方に批判的であり、作家としての作品制作のみならず言論やキュレーション、領域横断的プロジェクトを介して積極的に社会変革を起こそうとする傾向がみられる。
私たちがナイロビで生活を始めてから半年ほどのあいだに、興味深い展覧会がいくつか心にとまった。本レポートでは、社会における芸術表現のあり方を真摯に追求する三つの事例を取り上げて、ナイロビの現代アートとそれを取り巻く社会状況について概観してみたい。